金魚すくい

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和田さんは、行為の時に首を絞める。彼の動きに合わせて断続的に喉元が締めあげられて、それこそ金魚のように口をぱくぱくしても声が出ない。目の前がちかちかして、そのうちに痛いとか苦しいとかの感覚がすうっと身体から引き上げていく。目の前に和田さんの姿がある。それすらもどこか遠くの出来事のように感じられる。 死ぬのかな、と思う。ここで死にたいと思う。脳みその半分がじーんと熱く痺れてきて視界が黒く染まっていく。理由なく始まった関係の終わりがいつなのかとか、この後彼は家族の待つ家へ帰るのだという事実とか、どうでもいい。いつか誰もいない部屋で死を迎えるくらいなら、私はいまこの瞬間に彼に看取られて死にたい。 金魚すくいで和田さんがすくった黒い金魚を唐突に思い出す。やっぱり彼に金魚を持って帰ってとねだればよかった。そうすれば、私の部屋で泳ぐ金魚を見つめる度に、一人じゃないと思えるのに。 次に目が覚めた時、ホテルの部屋に和田さんの姿はなかった。立ち上がろうとすると太ももにの内側に彼の痕跡が流れた。 金魚の袋の下にメモ書きがあった。別れ際のメッセージなんて珍しい、とベッドサイドの灯りをつけると、金魚の世話に必要なものの一覧が箇条書きに下手くそな文字で書かれていた。面倒見がいいのか冷たいのかよく分からない。和田さんらしいな、と思いながら袋の中を泳ぐ金魚を見つめていると唐突に涙が込み上げてきて、少し泣いた。
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