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あ、と思った瞬間にポイが破けて、薄紙の上にのっていた金魚がぽちゃんと落ちた。水しぶきが薄いブルーのブラウスに跳ねて点々と濃い染みを作る。
「お姉ちゃん残念、惜しかったなぁ」
屋台のおじさんが私の手からポイとプラスチックの器を回収しながら、「そっちの彼氏はどうする?」と後ろに立っていた和田さんに声をかける。
――お姉ちゃん、だって。
――彼氏、だって。
他人から向けられる何気ない二つの言葉に予想外に傷ついている自分が情けなくて、水槽の中を所狭しと泳いでいる金魚の背中を眺めた。
「あれがいい」
ワイシャツを腕まくりして私の隣に腰掛けた和田さんに、1匹の金魚をねだった。赤が濃い他の金魚と違ってオレンジ色の濃いその子は、光の加減によっては背中が金色に光っているようにも見えた。
「あれでいいの?」
「うん」
和田さんはしばらく水面を見つめていたかと思うと、ポイをそっと水槽の中に差し込んだ。そこからは早かった。すっすっと、手が動いたかと思うと、おたまですくうように三匹の金魚をプラスチックの器の中に移動させていた。その中に私がねだったあの子もいて嬉しくなる。
四匹目をすくおうとしたところでポイが破けて、「あー」と和田さんが笑った。今日で終わりにしよう。和田さんと会う時はいつだって心の八割くらいをその思いで固めているはずなのに、彼の無邪気な顔は私の決意も簡単に溶かしてなかったことにしてしまう。
器の中をぐるぐると金魚が回る。行き場を無くした私の気持ちと同じようだなと思うと笑みがこぼれた。
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