一日目

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次に目が覚めた時、梨波は寝ていた。あまりにもふかふかで体が沈みかけるほどのベッドに枕。重くない掛け布団。天井を見上げると眩しいシャンデリアがまるでおはようと声をかけているかのようにきらきらと瞬き、横では暖炉がパチパチ燃えている…… と、ここまで来てようやく自分がよくわからないところで寝ていたことに気がついた。 「……は? え、ちょっと待ってなにこれ」 どうしても現実を受け入れられない。ただひとつ確かなことは、自分の寝室はこんなに煌びやかではないということだった。 ──確か、私は本を拾ったんだ。で、なんか光りだした。気づいたらここにいた。そう、そこまでは覚えてる。でも、どんな本だったっけ……? 混乱しているうちにコンコン、というノックの後、一人の男性が入って来た。漫画に出てくるかのような執事服の良く似合う、初老の男性だ。 「おはようございます梨波様」 ――梨波様ってどなた? 「え、なんで私の名前……」 「なんで、と申されましても、以前梨波様ご自身でおしゃったのですよ。リファータと呼ばれるよりもリファと呼んでほしい、と」 どうやら聞き間違えだったらしい。じゃあ聞くけどリファータ様って誰ですか、と聞こうとしたとき、ふと気付いた。きっと彼はリファータ様とかいう人と私のことを間違えているに違いない、そうなら一芝居打ってみても良いんじゃないか? 「……そうだったね、おはよう。もう下がって良いわよ」 思わず忍び笑いが漏れる。まるで正体を隠すヒーローの気分だ。「失礼しました」と男性は帰っていく。きっとばれたとき大変だろうなと思ったが、気にならなかった。それ以上にわくわくしていた。しばらくそのリファータ様とかいう女の子になりきって、この豪華なお屋敷を探索するのも楽しそうだ。 そうと決まればさっそく探検だ。ベッドから起きてドアの外に出ようとしたとき、ふと鏡に映っている自分の姿が目に入った。 そこにはいつもと変わらない姿が映っていた。ただ、さっきまで学校の制服を着ていたものがネグリジェになっているだけだ。今まで悩まされていた金髪が茶色に変わっているだけの自分の姿…… ん? 「全然違くない!?」 まるで日本人じゃないみたいだ。決して安くなさそうなネグリジェを着て、しかも今まで茶髪だったのが金髪に、金髪だったのが茶髪になっている。 夢に心を奪われていたが、やがて現実に気が付く。 「間違えられてるんじゃない、本当に私がその子になっちゃったんだ……!」 絶対あの本のせいだ。そうすると、"この子"は今、一体どこにいるというのだろう? ようやく自分の置かれている状況が分かって来たとき、冷や汗が流れ始めた。 一生このままなのか? いやそれよりも有香はどうする? 一緒に流星群を見ると約束したのに。どうやって元の―― 「……そうか、私、ここがどこだかも自分がどういう人なのかも分からないんだ」 勿論、地球じゃない可能性だってある。 そう思うとぞっとした。一生有香に会えない。梨波が元いた場所では不可解な少女消失事件として名を残すだろう。そして何より、親のいない梨波をここまで育ててくれたおじさんとおばさんに感謝の気持ちすら伝えられず、このままずっと知らない世界で一人きり…… 不安な気持ちを無視しようと、最初に感じた高揚感を思い出し、この豪邸の探検をすることにした。例えそれが今の自分の本当の気持ちじゃなかったとしても、そうしていないとまるで世界から見放されたような気持ちになるから。 ──この扉を開けて、例えどんな世界が待っていようとも怖がらないで、不安がらない。精一杯堂々としていなくちゃ。 握りこぶしを作り自分の胸を二回叩いて、頷く。呼吸を落ち着かせる。 よし、と扉を開け放った。
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