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「繊維?」
「そう、この筋の事。」とちいちゃんが言いながら人指し指で玉葱の表面に走っている線を指差すと圭太は悪戯心を起こして呟いた。「ああ、裏筋ね。」
「何よ、裏筋って?」
「いやいや、表の筋ね。へへへ。」と笑って茶化そうとする。
「何、言ってるのよ。表に決まってるのに、可笑しなの。いらないこと言わないで良いからちゃんと見てなさいよ!」
「はーい!」
「それで、さっきみたいに左手の指を曲げて玉葱に爪を当てる感じで、こうして押さえておいて繊維に添って端からなるべく薄くこうやって切って行くの。」
「おー!とんとんとんとん、すげー!目にも留まらぬ早業!台所のお母さんみたいだ!」
「ふふふ、でしょう。でも最初はこんな風に出来ないから、こうやってゆっくりやれば良いの。」
「ふーん、成程、成程。」
「最後の端の方は倒して、こうやって爪で添える様にして適当に薄く切れば良いの。」
「ふーん、成程、成程。」
「出来る?」
「出来るよ。」
「大丈夫?」
「大丈夫だよ、やってやるさ。」
「じゃあ、やってみて。」
「はーい!」
二人はいそいそと入れ替わり、圭太が包丁を右手に取り、自分が芯を切り落とした片割れを左手に取り、ちいちゃんの見本に倣う体勢に入った。「えーと、まず裏筋が縦になる様に置きましてーと。」
「ねえ、ちょっと。」
「ん?」と圭太は答えると手を休め、ちいちゃんに顔を向ける。
「さっきも言ってたけど、何で裏なの?」
「えっ、いや、へへへ。」と圭太は亦、笑って茶化そうとすると、ちいちゃんが、「表に決まってるのに・・・」と言ってから、「やらしい。」とぼそりと呟いた。なので感興をそそられ、「えっ、やらしいって、角谷、まさか、君、裏筋の意味、知ってるの?」と聞きながら包丁を俎板に置いて、ちいちゃんと正対する。
「知らないけど何か響きがやらしいのよ。」
「えっ、裏筋って聞いただけでやらしいって思ったの?」
「ええ、まあ・・・」とちいちゃんは答え、何故だか、何となく恥ずかしくなると自分の方に圭太が顔を近づけて来て、「角谷!凄い感性だね!」と殊更に感心して見せたので、はっきりと恥ずかしくなり、「えー!やだー!そんな事で感心されたら・・・」
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