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「勿論だよ!」と圭太は元気に答えると田植えを終えた百姓の様に中腰から達成感を漂わせながら上体を起こした。「それにこれは心底、思うんだけどさあ、角谷(ちいちゃん)!」
「なあに?」とちいちゃんが首を傾げながら可愛らしく聞いて来ると圭太は顔をにっこりとさせ、その拍子に膨らんだ両頬に両人差指の先をちょんと当てて首を傾げながら、「そのエプロン姿、とっても、かわいいよ!」と素直に心情を吐露した。そこに聊かの照れもなかった。勿論、自分の行為について指摘されれば照れもするが、子供は自分を客観視出来ないから照れもなく人目を気にする事もなくストレートに本心を表現したこんなパフォーマンスを遣って退けるのである。それにしても子供ならではの剽軽なパフォーマンスに、ちいちゃんは顔一面に紫陽花が咲き乱れたかの様な華やかな笑顔になって、「亦、もう、ほんっとに良原君ったら調子いいんだから!」と言って今度は圭太の二の腕を思いっ切り抓った。
「いってえ!」
圭太がそう叫んで飛び上がって痛がり、ちいちゃんが大笑いしたものだから周辺の視線が二人に集中した丁度、その時、「おーい!良原!お前の番だぞ!」と呼ぶ声がした。なので圭太はそっちを見ると野菜を洗う作業を終えた優秀君が横柄な態度で手招きしているのが分かった。それで圭太は嫌々洗い場の前に行って洗い出し、ちいちゃんと亦、お喋りがしたいものだから遣っ付け仕事みたいに急いで洗い終え、次の番の生徒と入れ替わり、後ろを振り向くと、ちいちゃんが可笑しそうに自分の方を見ているのに気づいたので、いそいそとちいちゃんの方へ近寄って行き、「僕の洗い方、どうだった?」
「んー、キャベツはねえ、あんなに強引に葉の間に指を突っ込んで引き千切って一辺に洗ったら駄目よ。一枚一枚、丁寧に剥がして洗わなきゃあ。」
「あっ、そっか、そうなんだね。やっぱり角谷って何でもよく知ってるんだなあ。」
「またあ・・・そんな事で煽てちゃって・・・調子いいんだから。」
ちいちゃんは笑顔を零しながらそう言うと圭太の二の腕をポンと軽く叩いた。
「だって、ほんとなんだもん。だからさあ、これからの作業も教えてよ。」
「んー、どうしよっかなあ・・・」
ちいちゃんが後ろに手を組んで頭ごと体を左右に振りながら態とらしく迷って見せると圭太は顔の前で掌を合わせて、「お願いだよ。」と頭を下げた。圭太の願いは確かに切実だったのである。何故なら言うまでも無く班の中で打ち解けて話せる相手は、ちいちゃんだけだったからだ。
ちいちゃんは迷ったポーズを解いて静止するなり、「じゃあねえ、これだけは約束して。」
「ん、何だい?」
「さっきみたいな意地悪な冗談は言わないこと。」
「ああ、そんな事か、お安い御用さ。」
「女の子って、とってもデリケートなんだから気を付けてね。」
「あっ、そうなの?」
「『あっ、そうなの?』って何、その聞き方!納得してないの?」
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