ロールシャッハテストの巻

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ロールシャッハテストの巻

 それにしても、よくもまあ、横目で見ながら筆を動かせるものだなあと圭太は思ったりした。書道の授業だったのだ。懸腕直筆の体が凛々しい阿川さんの使っている道具と言えば、唐草の蒔絵にあわびの貝殻による螺鈿を施した重量感のある文鎮、端渓石という高価な石で作られた硯に銀杏模様の入った象嵌細工の硯箱、それに筆も圭太の使っている安価な狸の毛の筆とは違って高級なイタチの毛が用いられた工芸品と呼べる立派な物で圭太は毎度ながら子供には勿体なさ過ぎる程、素晴らしい!と驚嘆するばかりであったが、睥睨に悩ませられながらも阿川さんの自分に対する思いは並大抵でないと悟り、ここは一つ心理テストしてみようと思い立ち、授業後、その準備に取り掛かった。まず何をしたのかというと半紙の真ん中にスポイトで墨を数滴垂らし、次に半紙を二つ折りにして開き、黒丸の周りを日暈の様な染みで縁取った模様を半紙の真ん中に写し出した。つまりロールシャッハテストをやろうという訳である。 「阿川、これ見てよ!」  阿川さんは専用習字セットを鞄に片付け、それを机のフックに引っ掛けてから差し出された半紙を藪睨みして、「何よ、それ、没の紙?」 「違うって!これ見て何を連想する?」  そう言われて阿川さんは半紙に向かって、「えっ、何をって、う~ん」と考え出したかに見えたが、「何を言わそうとしてるのよ!」と来た。  やっぱり素直に答えないかと圭太は思いつつ、「いや、別に何も悪巧みとかはないよ。只、この黒い形を見て何を連想するか聞いてるだけだよ。」 「えー、そんなの、只の墨の跡じゃん!」 「いや、それじゃあ答えになんないよ、この形を見て何を連想するか言ってよ!」 「えー、めんどくさ~い!」 「何、甘ったれてんだよ、めんどくさがってる場合じゃないよ、ちょっと考えれば済む事じゃないか!」 「だって考える気分になれないんだも~ん。」 「ああ、そうかい、分かったよ、じゃあ、角谷に聞いて来るからさ。」と言って席を立とうとすると、「えー!ちょっと待ってよ!あたしを差し置いて何言ってるのよ!」と来た。 「いやいや、差し置いてとかじゃないよ、何遍も聞いたじゃないか、そんなこと言うなら早く答えてよ。」
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