時が癒した傷

1/1
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ

時が癒した傷

多くの人々で賑わう渋谷の街。 何か用があるわけでもなく、ただぶらぶらとしていただけ。 最初はそのはずだった。 「東横!いい所に!」 こいつが、私を捕まえなければ。 「は、え?何、え?」 「いいから、駅まで連れていけ!」 「⋯⋯は?」 「⋯⋯お願い」 この私にそこまで言うだなんて、一体どんな理由が!? 「あ、いた⋯⋯って、一人じゃねぇのか」 後ろから小走りでやってきたのは、若い男。私を見ると、げ、というような顔をする。 失礼だな。 「一人じゃないから結構です!間に合ってます!」 「けっ、チャンスだと思ったのになー」 そう言いながら、男はどこかへ歩いていってしまう。 その少しやり取りで、何となく察しがついた。 「何人目?」 「三人目」 なるほど。思えば確かに、こいつ⋯⋯京王が渋谷に来るのは珍しい。 慣れない街でまるで箱入り娘のようにうろ付けば、目をつけるやつがいるだろう。 「事情はわかった。だが今私は忙し」 「今度ケーキ焼いてあげる」 「誰に通じるかは知らないが物で釣るな」 「世田谷にあることないこと吹き込む」 「喜んでお供仕ります」 こうして私は、強制的に付き人となった。 「それにしても、人が多いな。歩くのもやっとだ」 「お前新宿でも同じこと言えんの?」 「新宿は人の波に流されていれば目的地に着く」 「あ、そうなの」 人混みを掻き分けながら、駅へと向かう。 そういえば、珍しく向こうから話しかけてきたな⋯⋯と思っていると、突然手を握られる。 「!?⋯⋯!?」 焦りと驚きでつい足を止める。冷たい肌が、私の熱を奪っていく。 その温度に最後に触れた記憶は思い出したくなかった。 「はぐれたら許さない」 「⋯⋯そうかい」 素っ気なく返したが、頭の中はオーバーヒートしそうなぐらいぐるぐるしている。 帰ったら世田谷に何時間か話そう。 たまに何でもない会話をしつつ、アベニュー口に辿り着く。 「⋯⋯」 「何だ」 「地下五階に連れていかれたらどうしようかと思った」 「さすがにそんなことしないわ!」 それはあまりにも手の込みすぎている悪戯だ。 「妹でも付き添わせりゃよかったのに」 「次からそうする」 手は解かれ、京王はエスカレーターの方へと向かって行く。 「⋯⋯その、ありがとう」 「!」 小さく、ぶっきらぼうな言葉。 「構わんさ、気をつけて帰りな」 人に紛れていく京王を、しばらく見送っていた。 「警護どうもー、お疲れ様」 「うわああ゙あ゙あ゙あ゙!?」 心臓に悪い登場の仕方をするやつなど一人しかいない。 「何だ高尾いつからいた!」 「さあねー?」 見てたなら、こいつがついてやればよかったのに。 「まあいいじゃない。あ、帰ったらちゃんと手は洗ってね?」 「洗うわ!」 さすがにそこまではしない。いや、するのか。洗うのか。 「じゃ、私も帰るねー」 果たして何をしに来たのか、高尾はすぐに人の中に消えていく。 「でね、そしたら突然⋯⋯」 「あらあら、良かったですねぇ」
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!