光るコイン

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山陰本線の名前も知らなかった駅で降りてみた。 怜子は、今年初めて、青春18きっぷを使って旅に出たのだ。 さっき降りた城崎駅では、駅の横にある足湯につかって、ホームで季節外れの蟹の駅弁を食べてみた。 計画もなく旅をしていることが、ちょっと大人になった気分にさせてくれる。 今降りた駅も、名前も知らないし、観光地でもない。 無人の改札を出ると、まだ5月のアスファルトの照り返しが強い。 砂の混じった風の来た方向を見たら、海に続く道があった。 「さあ、探検するぞお。」 怜子は、こんな街というか、街ともいえない集落には、どうせ何もないだろうなと思いながらも、テレビの旅番組のノリで歩き出す。 道を歩く人は誰もいない。 ひっそりと静まり返った道を歩いていると、急に怜子の鼻腔にスパイシーな匂いが入って来た。 「ソース、、、焼きそばだーっ。」 人差し指を立てて、クイズの正解をいうように声を出して言った。 普段なら声を出して言うなんてことはしないけれど、今日は少し変だね。 ウンウンと、自分で何かを納得したように、頷く。 怜子の首筋にうっすらと汗がにじんで、それをタオルで拭いた。 汗を拭いたあとの皮膚に、海からの風が気持ちいい。 濃い色のジーンズに、白のTシャツは、最近の怜子のお気に入りだ。 それに今日は、チューリップハットを被っている。 「ノッポさんか。」 そんなツッコミをいれて、団扇代わりにして、火照った顔を扇いだ。 道の端っこまで歩いたら、海が広がった。 砂浜だ。 駅の反対側の山が、海に向かってドロリとせり出しているので、両側が山に挟まれた形になっていて、砂浜は短い。 小さな砂浜。 そして、誰もいない。 大きな背伸びをして、「さあ、引き返しますか。」と思ったら、砂浜の左端に、こんもりとした繁みがあって、小さな祠があるのが見える。 せっかくだから、行ってみよう。 波打ち際のちいさな祠。 近づくと、60歳ぐらいだろうか、地元の男性が、掃除をしている。 男性は、怜子を見ると、穏やかな笑顔で「こんにちは。」と言った。 「ここは神社なんですか。」と挨拶のつもりで尋ねる。 「そうですよ。浦島神社といって、村の守り神なんです。」 「浦島神社?あの浦島太郎さんの。」 「そう、あの浦島太郎さんのだよ。他の土地にも浦島神社というのがあるけれども、こっちが、本家本元なんだよ。」 「本家本元なんですか。でも、全然、有名じゃないですよね。あ、ごめんなさい、変な意味じゃなくて。」 「そりゃそうだろう。実はね、浦島神社というのを、我々は、隠しているからね。真実というのは、大切なものだから、荒らされないように、ワザと隠しているんだよ。そういうもんだ。」 「えーっ、何か、勿体ないですね。本家本元なのに。」 「ああ、勿体ない。実に勿体ない。」と、男性は嘆く様に大袈裟に答える。 「その筋の人には、知られているんだけれどね、そんな人でも、うちの事を、裏浦島神社なんて呼んだりするんだよ。ああ、勿体ない。」と続ける。 「その筋っていう人も来るんですね。」 「そうだよ。あのムーとかいう雑誌を読んでいるような、変わった人がね。」 実は、ムーは、怜子もたまに読んだりしているので、吹き出しそうになった。 そんな話をしていると、男性は、お賽銭箱を開けて、お金を回収しだした。 怜子も覗いてみると、意外と沢山入っている。 「沢山、入ってますね。」 「ああ、毎週、これぐらいは入ってるかな。」 そう言うと、お賽銭を、ジャラジャラとかき回して、「うん、今週は、3人かな。」そう呟いた。 「3人って、何なんですか。」 「うん、この神社にお参りをしてお願い事が叶った人だよ。」 「えっ、そんなことが分かるんですか。」 「ああ、ずっと神社のお世話をさせていただいているとね、お賽銭のお金を見ただけで、お願い事が叶ったかどうか、分かるようになってきたんだよ。」 「どうして、分かるんですか。」 「そうだな、でも、お嬢さんに説明しても分かるかな。お賽銭のコインを、こう、目を細くして見るとね、こうね、こうやって見るとね、お願い事が叶ったコインは、光って見えるんだ。どうだ、お嬢さんには、見えないだろう。」 怜子は、目を細めてコインを見つめる。 「うーん、あんまりよく分からないな。でも、これと、あれ?これも、そういえば、ぼんやり光ってるような気もするわ。」 そう言うと、急に男性の表情が、活き活きとしだした。 「お嬢さん、分かるのかね。そうだ、これと、これが光ってる。あと、これもね。」 「ああ、そうか、これも、そういえば光ってる気がする。」 男性は、怜子が、コインの光を見ることが出来たことに、驚くと同時に、仲間がいたという喜びを、顔いっぱいに表した。 「いやあ、長年、これをやってるが、光っているコインを見つけられる人は、なかなかいるもんじゃないよ。びっくりしたよ。」 「見えるというか、そんな気がしただけですよ。」 すると、怜子は、あることに気が付いた。 3つのコインの中でも、1番光っているコインがある。 「これ1番光ってるように見える。」そう言うと、またもや男性の表情がほころぶ。 「さすがだ、お嬢さん。これは特別なコインだからね。私も、こういうコンを見ることは、めったにないんだ。実はね、これは、2回お願いごとを叶えてもらったコインなんだ。」 「2回って?」 「ああ、持ち主は違うけれどもね。1回目、このコインをお賽銭にあげた人が、お願いを叶えてもらった。そして、そのお賽銭が、また、まわりまわって、別の人が、別の神社でさ、お賽銭をあげて、そこでもまた、お願い事を叶えて貰ったコインなんだ。」 「すごいですね。コインの中のコイン?違うか、コインの大様?」 「いや、コインの神様や。神社やからね。いや、それも違うか。おねだり上手なコイン?いや、それじゃ、ちょっと下品だな。」男性も、ノッテくる。 「まあ、ええか。コインの名前は、コインで良いことにしておこう。私は、いままでに、3回、お願い事を叶えて貰ったコインを、このお賽銭箱で見つけたことがあるよ。それは、もう箱を開けたらね、厳かな光を放っていたよ。今でも、思い出すと興奮するね。」 男性の話は、怜子を惹きつけた。でも、本当かなという気持ちも、少しはあった。 「そうなんですね。でも、その光っているコインは、お願い事を叶えて貰ったという話は、初めて聞きました。」 「そうだろう、経験が無いと分からないからね。これは、日々の練習の賜物だよ。でも、お嬢さんは、もう1回目から、光ってるの分かったから、お嬢さんのは、才能だね。すごいよ。」 そういわれると、理由はどうでもよくなって、その話を信じたくなった。 「じゃ、ついでに教えてあげよう。お嬢さんは、神社でお願いをして、そのお願いは叶ったのかな。」 「いえ、あたしは、宝くじに当ててくださいとか、欲のはったお願いばかりなんで、まだ叶ったことはないです。」 「はは、宝くじか。それは、叶えて欲しいよね。それじゃ、コツを教えてあげよう。神社でお賽銭をあげる時はね、サラの、新しいピカピカしたコインをあげるんだよ。神様は、サラが好きだからね。ピカピカ光ってるのも好きだ。これは、やって損はないよ。でも、それ以上に、効果のあるコインがあるんだよ。それが、このコインだよ。2回お願いが叶ったコイン。これは古いコインだけれど、光ってるようにみえるだろ。いわゆる、オーラのようなものだ。コイン自体に、パワーを持ってる。神様もね、パワーを持ってるコインでお願いされたらね、特別扱いもしたくなるというもんだ。」 「へえ、それはスゴイですね。あたしも、光ってるコインが欲しいな。」 「普段、生活をしている中で、たとえば、スーパーのお釣りで、光ってるコインを見つけた時は、それは神社用に取っておいた方がよいよ。そのコイン自体がパワー持ってるからね、神社に行かなくても、財布に入れておくだけでも、何かの効果はあるんじゃないかな。」 「なんか、良いことを聞きました。じゃ、さっそく、浦島神社さんに、光ってるコインで、お参りして帰ろうかな。」 そういって、怜子が財布の中を見たけれども、光っているコインがない。 「お嬢さんも、今日は、ツイてないないね。それじゃ、この2回お願いが叶ったコインと、お嬢さんのコインを、両替してあげよう。 そういって、あたしの500円硬貨と、お賽銭の500円硬貨を替えてくれた。 光っているコインを、お賽銭箱に、静かに入れて、手を合わせる。 「何を、お願いしたのかな。」 「それは、秘密です。」 男性に、お礼を言って、駅に引き返すことにした。 すると、行こうとする怜子に、男性が、やや大きな声で、叫んだ。 「それとねー、黒く鈍い光のコインは、すぐに使った方がええよ。あれは、不吉や。すぐに、使われへんかったら、捨てた方がいいよー。」 「分かった、ありがとう!」 黒く鈍い光のコインか。 そんなコイン、見たことないわ。 オジサン、よっぽどコインに憑りつかれてるね。 なんて、笑いながら、駅に向かう。 それにしても、これも縁というのだろうか。 まさか、こんな誰もいない場所で、偶然にも、コインの話を聞いた。 そんでもって、実は、あたしもコインが光っているのを見ることが出来る能力があることに気が付いた。 雑誌ムーを読んでいる怜子にとっては、何よりも、それが嬉しくて仕方がなかったのである。 駅に着いたときに、フィギアスケートの2回転ジャンプを飛んでみたが、回転は、1回転にも足りなかった。 ジャンプの時に落としたチューリップハットを拾い上げて、「あたしは、超能力者だよー。」と叫んでみる。 やっぱり、誰もいない。 ひっそりとした駅。 さて、次の電車までは、まだ30分ある。 自動販売機で、お茶を買おうと、財布を開けたら、ギョッとした。 「えっ、ちょっと待って、、、。」 怜子は、財布の中身を、目を細くして見ている。 「やだ、やだ。こんなの、やだ。」 怜子の財布の中の、コインは、どれも、光ることも無く、むしろ、黒くドンヨリとして見える。 怜子の、指先が冷たくなってきた。 緊張しているのだろうか。 いや、何かが、漠然とだが、怖いと感じるのだ。 こんなコインは、早く使ってしまおう。 そう思って、自動販売機に100円硬貨を2枚入れて、お茶のボタンを押した。 自動販売機のお釣りを見ると、さらに手が冷たくなって、汗をかいている。 お釣りの50円硬貨1枚と、10円硬貨2枚が、黒く鈍い光をしていたのである。 「ぎゃー。」 と、叫びそうになって、飲み込んだ。 お釣りを財布に入れるのが、嫌だ。 気持ちが悪いじゃない。 怜子は、今のお釣りに、更に財布の50円硬貨1枚と、10円硬貨1枚を足して、ドリンクを買った。 もう、お茶でも、コーヒーでも、何でもいい。 兎に角、このコインを、はやく使ってしまいたかったのだ。 落ちて来たドリンクを手に取って、「ふう。」と、ため息をついた。 やっと、黒く鈍い光のコインを使う事が出来た。 いや待てよ、財布の中には、まだコインが残っている。 あれも、黒く鈍い光だったじゃないか。 そう思うと、気持ち悪くてたまらない。 財布の残りの、500円硬貨2枚と、100円硬貨3枚、10円硬貨2枚と、1円硬貨3枚を、早く使わなければ。 怜子は、もう、黒い鈍い光のコインを持っていることが不安で仕方がない。 震える手で、ドリンクを何本も買ってしまう。 でも、どうしても、最後の10円硬貨2枚と、1円硬貨3枚が残ってしまった。 怜子は、その残った効果を、腐った匂いのする雑巾を捨てるような仕草で、ゴミ箱に投げ入れた。 「何やってるんだろう。」 自分でも、意味の無いことをしていることは解っている。 でも、どうしても、持っているコインを、手放したくて、仕方がないことを思い出したら、涙があふれて来た。 コインは、コイン。 それは、生活をしていく中で、必要な道具だ。 それ以上でも、それ以下でもない。 でも、その道具に、光が見えることを知ってからは、もうその光に憑りつかれてしまったようで、見ないでおこうと思っても、怜子には、見えてしまうようになってしまったのだ。 「あんな、神社に行かなきゃ良かった。」 重いドリンクを駅のベンチに残したまま、怜子は次の電車に乗り込んだ。 忘れよう。 あの神社であったことは、忘れよう。 電車のシートに座って、「さて、今までの事は、無し!」と、踏ん切りをつけるように、言い放ってみる。 すると、少しだけ、気持ちが楽になった。 それにしても、あたしにも、超能力があったのかな。 いやいや、そんなことも忘れよう。 電車が鳥取駅に着いたら、今日は、ここで1泊して、明日は大阪へ帰らなきゃ。 いつもの生活が待っているものね。 改札を出たら、「よし。」と声を出して歩き始める。 すると、目の前の子供が、「あ、10円、落ちてるよ。」と喜びの声をあげながら、走り出した。 その子供の先を見ると、10円硬貨があった。 黒く、黒く、それは、周りの光さえも、吸い込んでしまいそうな、光の無い黒さだった。 「あーっ、それを拾っちゃダメ―!」 自分でもビックリするぐらいの声が出た。 子どもは、ビックリして立ち止まって怜子を見る。 近くにいたお母さんは、怜子を睨むようにして、子供の手を引いて去って行った。 もう、怜子は、泣き崩れてしまいそうになりながら、ベンチで1時間ほど座っていただろうか。 その後は、ただホテルで夜の食事もしないで、時間を潰して、次の日の朝早く、大阪へ戻って行った。 その後の怜子は、どうなったのか。 大阪の住んでいる街のスーパーのレジに並ぶ怜子がいた。 その表情は、何か吹っ切れたみたいに、明るいものだった。 あの神社の事は、忘れてしまったのだろうか。 或いは、もうコインの光をみる能力を失ってしまったのだろうか。 すると、レジのお姉さんが言った。 「合計648円でございます。」 そう言われて、怜子は笑顔で言った。 「じゃ、クレジットカードでお願いします。」 あれ以来、怜子は、コインを持つことをやめ、すべての支払いを、クレジットカードや、クオカードのようなものにしたという。 コインを持たなければ、黒い光のコインに巡り合うこともない。 今は、怜子の精神状態も、平穏なものに戻っていた。 日常生活も、最近は、現金を使わないでも生きていける。 それなら、クレジットカードで生活をするのも、自然にできるだろう。 すると、支払いを済ませて、スーパーを出た怜子に、声を掛ける若者がいた。 最近、駅前の隅の方で、占いを始めた若者だ。 怜子は、無視をするように、歩き出すと、「あ、お姉さん、クレジットカード占いって知ってますか?」と若者が聞いてきた。 クレジットカード占い。 ちょっと、気になった表情を、若者が怜子の顔に見たのか、続けて言う。 「クレジットカードの番号にも、ラッキーな番号と、不吉な番号があるって知ってましたか。ラッキーな番号は、光って見えるんですよ。」 怜子は、光っているという言葉に、足を止めてしまった。 そして、コインの事を思いだした。 あのコインのことは、もう忘れてしまいたい。 でも、そういえば、あのコインの時以来、何かツイてないと気になっていた。 或いは、あたしのクレジットカードの番号がイケナカッタのだろうか。 しかし、光っているコインで、精神がおかしくなってしまったことは、怜子が1番解っているのである。 また、むしかえしになってしまうのは、明らかだ。 ここは、勇気を出して、若者に無視を決め込んで帰るべきだろう。 そう怜子は思った。 なのであることは解ってはいたのだけれど、気が付くと、怜子は占いの若者の前に立っていてたのである。 「光る数字?」 怜子は、目を輝かせて聞いた。
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