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撮るモノ・再び
コンクリートがむき出しの殺風景な部屋に、カチカチとパソコンのキーボードを叩く音だけが響く。
薄暗い部屋の中で、パソコンの画面の明かりが操作人の姿を浮かびあげていた。
しかしふと、とあるサイトの画面で指の動きが止まる。
「ん?」
そのサイトのタイトルは<美しいモノを集めましょう>とあった。
サイトの内容は、自分が美しいと思うモノを写真に撮り、それを載せるというものだった。
操作人は興味が惹かれたようで、サイトの中を次々と見ていく。
「ふぅん…。何か面白いことになっているな」
「何がだ?」
部屋にもう一人、人が増えた。
いや、正確には人の形をした人成らざるモノ。
「サイト。<美しいモノを集めましょう>というタイトルで、自分が美しいと思うモノを写真に撮って、載せるんだって」
操作人は画面から視線を外さないまま、説明した。
「ほぉ…。何だか昔、お前がやっていたことに似ているな」
「アレは動画、こっちは写真。全然違うよ。目的も、ね」
操作人は口元に笑みを浮かべた。
「シキ、オレはキミの為だけにあのサイトを作ったにすぎないんだから」
「そうだったな、コウガ」
風呂上りのシキは、イスに座るコウガを後ろから抱きしめた。
「ちょっと、濡れたままじゃん。パソコンに触るなよ?」
「ああ。このままお前に触れていれば、良いんだろう?」
「そういう問題でもないんだけどね」
コウガは深く息を吐いた。
楽しそうに意地悪く笑うシキは、言い出したら聞かない。
今まで風呂に入っていたので、髪は濡れたまま。
肩にかけているタオルで拭く気はないらしい。
上半身裸で、触れている部分が湿っているから体をよく拭かなかったんだろう。
「…シキって結構ズボラだよな?」
「お前が神経質過ぎるんだ」
「いや、オレは普通。…今更ながら、マカ達の苦労が分かる気がするよ」
コウガは深く息を吐いた。
シキと共に生きることを決めたのは自分自身だ。
しかし一緒にいるうちに、生活能力のなさに嘆くことはほぼ毎日だった。
だが追っ手を振り払うシキの戦闘能力の高さには、素直に尊敬していた。
「お前がマカのことを言える立場か?」
シキは赤い眼を細め、笑いながら間近でコウガの顔を見る。
「…それを言われると弱いんだけどね」
シキに人間を食べさせる為だけに、人間の興味を引く動画サイトを作った。
結果かなりの人間が犠牲となったが、コウガの心は痛まない。
すでにコウガの心は決まっていた。
どんなことが起ころうと、何をしようと、シキと共に生きることを―。
「―で? その写真がどうかしたか?」
「いや、人の好みっていろいろだなって思って」
そう言ってコウガはキーボードを操作し、シキに次々と写真を見せていった。
「一言に美しいモノと言っても、いろいろあるんだなって」
コウガの言う通り、サイトにはさまざまな写真が載っていた。
それは人であったり風景であったり、または家電やビルなど、人の価値観がそれぞれであることを表していた。
ふと新着の表示が出て、コウガはそこを開いて見た。
「…えっ?」
「何だ? コレは」
しかしその写真を見た瞬間、二人の表情は固まった。
シキはコウガから離れ、画面に触れてじっと写真を見つめた。
「何故、死体の写真など載っているんだ?」
画面いっぱいに映っているのは、一人の男性の写真だった。
スーツを着た、まだ二十代ぐらいの男性は、胸の辺りから血を流し、地面に倒れていた。
「この場所…どこかの路地裏か、ビルの裏か?」
コウガは眉をひそめながら、写真を凝視する。
男性が倒れている近くにはゴミ袋が重なり、山になっている。
そして灰色のコンクリートの壁と壁の間に死体はあり、その地面も汚れたコンクリートだ。
「だろうな。傷口からして、心臓を刃物で刺されたんだろう。恐らく即死だな」
低い声でシキは呟き、画面から手を放した。
すると写真は一瞬にして黒く染まり、次に映ったのはサイトの入り口だった。
「あれ? シキ、何かした?」
「していない」
コウガは眼を丸くしながら、再びあの写真を見ようとした。
だがどんなに探っても、あの写真は出てこなかった。
「…もしかして、消されたかな?」
「サイトの管理者か?」
「あるいは投稿者。二人のどちらかであれば、投稿した写真は消せるから」
コウガはため息をつきながら、キーボードから手を離した。
「でもどちらにしろ、あんなモノを美しいと思う人がいるってことか。人間もキミ達以上に恐ろしいモノだね」
「それはマカがよく言っていたな」
シキは皮肉めいた笑みを浮かべた。
「『下手な人成らざるモノより、普通の人間の方が恐ろしく思う時がある』と、口癖のように言っていた」
「彼女、苦労性みたいだね」
コウガは以前、ほんの僅かな時だがマカと接触した。
その後シキからマカのことを聞き、気の毒に思ってしまった。
シキと同じ血族として同属をまとめ、そして人間との接し方でいろいろと悩んでいるらしい。
しかも問題はいつも、彼女の近くで起こる。
そのことをシキは、マカ自身のせいだと言っていたが…。
「さっきの写真、シキは何か感じた?」
「いや? 特におかしなところは感じられなかった。ただ人が撮った普通の写真だろう」
「死体の写真は『普通』とは言わないんだけどね…」
コウガはスッと眼を細めた。
シキもそうだが、コウガもあの写真が本物であることを気づいていた。
コウガは写真家として、シキは死体を見慣れているモノとして、写真に写っているのは本物の死体だということは分かっていた。
分からないのは、何故このサイトに死体の写真が載ったかということだ。
「死体って『美しいモノ』かな?」
イスの背もたれに寄りかかり、コウガは肩を竦めた。
「価値観など、人それぞれだろう」
そう言ってシキは興味なさそうに、タオルで頭を拭き始めた。
「まあそうだね。…この件、マカは絡むと思う?」
コウガは意味ありげに微笑み、シキに視線を向けた。
シキは少しの間考え、首を横に振る。
「ないな。同属が関わっていないし、アイツの関係者の関わることでもなさそうだ。マカは基本的に人間のすることに興味も関心もないからな」
「シビアだけど正しいな。人のすることは理解できないものが多いけど、だからと言って分かろうとしてもムダに終わることが多いし」
「俺はお前の方がシビアだと思うがな」
「それはきっと、キミに関わってしまったからだね。シキ」
「言ってろ」
シキはタオルを壁に投げ付けた。
それを見て、コウガの表情が歪む。
「シキ、タオルは洗濯機に入れてってば」
「面倒だ。お前がしろ」
「ったく…」
コウガはパソコンの電源を落とし、立ち上がった。
「そろそろ寝るぞ」
「はいはい」
何かにつけて、命令口調で傲慢。
だけど意外に彼との生活を楽しんでいるのだから、自分の趣味も悪いと言える。
…そう。あの死体の写真を『美しいモノ』と思う投稿者のように。
口元に笑みを浮かべながらコウガはタオルを洗濯機に入れ、シキが待つ寝室へ向かった。
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