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「実は僕、異動になったんだ」
「急だね。で、どこに?」
「資料管理庫だよ。うちの社員が最後に行き着く場所だって言われてる」
「えっ?また、どうして?」
富江は思わず訊き返す。営業部のエースとして四星商事を牽引してきた健二郎が、この家の誇りである健二郎がそんな閑職に追いやられるなど想像がつかなかったからだ。
「兄ちゃんの件、会社はもう知ってるんだ。そこで会社は僕に言ってきたんだよ。万が一取引先で兄ちゃんと僕の間柄が知られてしまうかも知れない、だから一線から退いてくれってね。辞めるか、異動か、どっちかにしろとさ」
電話の向こう側から耳に入ってくる声が富江の世界にピキピキとヒビを入れていく。
「母さん、満足か?」
「何言ってるの?」
富江はムッとして訊き返す。
「だって母さんの理想を追い求めた結果だろ?僕と兄ちゃんの結末ってさ。今沢家の誇りになるため、いやそれも違う。母さんの存在価値を高めるために僕も兄ちゃんも利用されただけ。使えなくなった兄ちゃんは早く捨てられたけど、僕はそうやって奔放にさせてもらえる兄ちゃんがずっと羨ましかった。ずっと母さんのアクセサリとして生きてきたけど、僕もやっとゆっくりできるかな。じゃあ、もう連絡しないから。さようなら」
「さようならって何?ねぇ、健二郎?」
ツーッ、ツーッ
富江は問いかけるが、答えたのは無機質な話し中の音だけ。再び富江は健二郎に電話をかける。すると受話器からは
「おかけになった電話番号へは、お客様の都合によりお繋ぎすることができません」
との音声。
「何かの間違いよ」
富江は自分に言い聞かせるかのようにそう呟いて電話をかけるが、全く同じ無機質なフレーズが無情にも紡がれる。
富江はパタリと携帯電話を地面に落とし、呆然と立ち尽くした。
天気は快晴。今日の空はどこまでも高く、そして青い。
【終】
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