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「もしもし。僕です。健二郎です」
午後1時35分。電話口から流れてきたのは聞き覚えのある声。
「健二郎かい。どうしたの?」
正月以来会っていない息子からの突然の電話に、富江は驚きを隠せない。
「実は……取引先のお金に手をつけてしまって……今日中にお金を用意しないと会社クビになっちゃうんです……」
健二郎は富江の息子で、双子のうちの弟だ。兄の純一郎とは違って小さな頃から神童ともてはやされ、現役で東北大学の経済学部に合格。今は東京の四星商事の営業部のエースとして活躍している。今沢家の誇りである健二郎。その健二郎が不祥事を起こし、今窮地に立たされている。富江はいたたまれなくなった。
「いくらなんだい?」
「その……500万なんだ」
「そんな大金……」
富江は言葉に詰まる。
「株で失敗したんだよ。新聞で見ただろう?西松電子機器の経営破綻」
電話の声はそう告げる。今朝のトップニュースで流れた項目だ。富江は勿論その事実を知っていた。
「ごめん。必ず返すから、今日なんとかならないかな?取引先に持っていく時間を考えると、3時までに必要なんだ」
電話口の焦った声が富江の胸に突き刺さる。
「3時にどこに持っていけばいい?」
「野蒜高山駅あるだろ?あそこにバイク便を飛ばすから、その人に渡してほしいんだ」
「わかった。でも今から銀行行ってお金おろしてってなったら難しいかもしれないから、一応もう一回電話ちょうだい。私の携帯、分かるわよね?」
「うん。分かる」
「じゃあまた電話して」
富江はそう言って受話器を置くと、そのままタクシーを呼ぶためにプッシュボタンを押し始めた。
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