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 富江のカバンの中から振動音が鳴る。 「もしもし?」  富江はそそくさと携帯電話を取り出し、電話に出た。 「もしもし。500万、なんとかなりそう?」 「うん……そうなんだけど、その前に何個か訊きたいことがあるの」 「何?ちょっと急いでるんだけど」  電話口からは焦りの声が聞こえてくる。 「あなた、小さな頃から私の手作りの料理、好きだったわよね」 「あぁ、美味かったよな。特に肉じゃが。さやいんげんが好きでねぇ」 「そうよね。それと、あなたの親友いたわよね?ほら、いつも一緒に遊びに来てたじゃない」 「聡くんのことか?僕の3つ隣の家だったよな?」 「うん、そうそう。あとさ、健二郎が高校生の時に死んじゃったあの犬」 「ジロベエのことか?あの、ソーセージが好きだった……」 「そうね。わかったわ。ごめんね色々訊いて。最近多いでしょ?振り込め詐欺。だから念のために訊いたのよ。お金、用意して野蒜高山駅まで急いで届けるから。もうちょっと待っててね」 「うん。待ってる」  通話を終えた富江は携帯電話をカバンの中にしまうと、 「お願いします」  ただ一言、片岡に告げた。 「本当に、よろしいんですね?」  片岡が念を押すと、富江は深く頷く。それを見た片岡は近藤に目配せをし、札束を5つ持って来させた。それらを紙袋に入れ、富江に手渡しす。 「色々と出過ぎた真似をすみません」  片岡は頭を下げる。 「いいのよ。私の心配をしてくれたんだもの。こっちこそきつい言い方をしてごめんなさいね」  富江はそう告げると、そそくさと応接室をあとにした。 「本当に大丈夫なのでしょうか?」  タクシーに乗り込む富江を見送りながら、近藤が不安げな表情で片岡に問いかける。近藤は富江の携帯の着信画面に『公衆電話』と表示されていたのをチラリと見てしまっていたのだ。 「相手の受け答えはどうもはっきりしていたみたいだからな」  釈然としない表情で片岡は答える。 「確かにそうですね。ただ、相手が事前に身辺調査をしていた、という可能性もあります」 「そこはよく分からない。ただ明確に言えることがある。私たちは十分な警告はした、ということだ」  片岡は近藤にそう告げると口を閉じて踵を返し、自席へと戻っていった。
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