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 銀行からタクシーを飛ばして15分。野蒜高山駅に着くと、富江は1本の電話を入れた。腕時計に目をやると時刻は待ち合わせ時刻の3時ちょうど。辺りを見渡すと、1台の黒いバイクが富江の目に留まった。富江はそのバイクの元へと向かう。 「今沢富江さんですね?健二郎さんの使いの者です。500万円をお渡しください」  フルフェイスヘルメットを被った男がそう告げ、手を差し出した。富江はその男の目に凍てつくような視線をぶつけると、 「渡してもいいわ。でもこれを受け取った時点であんたが帰る実家はもう無いと思うことね」  と言い放った。 「何を仰っているのですか?私は健二郎さんの使いで……」 「とぼけても無駄。いい加減にしなさい!純一郎!」  純一郎と呼ばれた瞬間、男の肩がピクリと動いた。 「おかしいと思ってたのよね、1回目の電話が固定電話にかかってきたこと。でも声があまりにも健二郎にそっくりだったから、きっとこれは本当に困ってるんだ、詐欺じゃないんだ、って思ってた。でもさっきの電話ですべて分かってしまった」  富江のまっすぐな視線を前に、男はバイクに乗ったまま黙り込むばかりだ。 「着信が公衆電話からだったことは当然変だったけど、それ以上におかしかったのはアンタとの話の中身。健二郎は確かに私の肉じゃがが大好きだった。でもさやいんげんはいつも私に隠れてゴミ箱に捨ててたのよ。それに健二郎はいたずらばかりする聡君とはむしろソリが合わなかった。極めつけはジロベエよね。健二郎は勉強が忙しくてジロベエの世話をほとんどしていない。確かにジロベエはソーセージが好きだったけど、そこまで詳しく分かるわけがないのよ。じゃあこんな細かいことまで知っているのは誰なのか。答えはたったひとつ。小さい頃健二郎と同じ釜の飯を食べてきたアンタしかいないの」  富江が話し終えた瞬間、ヘルメット越しに笑い声が聞こえてきた。 「さすが、健二郎のことになると詳しいんだな。俺のことについては何も分かっちゃいないくせに」  男はそう吐き捨てると、ヘルメットを脱ぎ去る。その中にある2つの瞳はまるで汚いものを見るかのように富江の顔を射抜いていた。
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