どんな奴でも頑張ってる

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どんな奴でも頑張ってる

     こんなに流されやすくて物分りが良いとは、もしかしたら導きの鍵の一族ってのは存外扱いやすいのかもしれない。  もうちょっと難癖付けて俺達を妨害するもんだと思ってたんだが、すんなり通してくれるんだもんなあ。やはり目上の人間にバレるとヤバいってのは、どこの世界の下っ端でも共通認識だったらしい。まあ、一般常識のない盗賊とかじゃないんだから、こうするのは当たり前だけどさ。  しかし……監督官という目上の人の命令と、シアンさんという超絶ハイクラスの裁定員様の名前が加わると、こんな事になるのか。  俺達にとってのシアンさんっていうのは、おっかさん的存在であり助言や事件をプレゼントしてくれるお婆ちゃんって感じだから、偉い人って認識ゼロなんだよ。  あんまり距離が近すぎるのも考え物だな。敬語を使う事態になったら困るぞ俺。絶対素で軽く話しかけそう。  そんなことを思いながらも、俺とブラックは巨大な両扉がゆっくりと開くさまをぼけーっと見つめていた。それにしても、本当この遺跡ってばデカい。  昨日ブラックに見せて貰ったあの設計図みたいな地図には、内部の構造だけじゃなく外観も軽くスケッチされていたが……実際に見ると図解よりももっと巨大で荘厳(そうごん)で、思わず息を飲んでしまう。  だって、この遺跡はいかにも「大聖堂」って言いたくなるような教会風の巨大なゴシック建築っぽいし、なにより遺跡全体が不思議な光る石で造られているので、浮世離れした感じがハンパなんだもの。  普通、教会ってのは白い漆喰(しっくい)を塗って純白の壁にするんだが、この遺跡は違う。大理石のような質感ながらもオパールの(ごと)く七色の鈍い光を含んだ乳白色の石で、全体が形作られているのだ。  鈍い七色の光は、日光に当たると一層輝きを増す。  そんな未知の石材で造られてるんだから、見惚れちゃうのも仕方がない。  兵士二人がへいこら言いながら扉を開けるのも見もせず、俺達はただただ美しい建物を見上げてぽかーんと口を開けていた。 「はぁ、はぁ……ど、どうぞ……」 「あ、あのクグルギ様……」 「おっとすみません。ブラック、いこ」 「うん」  俺がブラックの名前を呼ぶと、分かりやすく二人はビクっと体を(すく)ませる。  なんだよこいつら。今さっきまでバカにしてたのに怖がるたぁどういうこった。  色々と意味不明で、小一時間ほど問い(ただ)したかったが、そんな暇はないので今は置いといてやる。あくまでも俺達の目的は俺の力を制御する術を探す為だからな。  しかし……情報を聞いた今では、本当この遺跡なら解決策が見つかりそうで希望が湧いてくる。禁書にまで触れるつもりはないが、そんな御大層な物が収蔵されているんなら、俺の力についての記述もあるかも知れない。  体長三メートルの化物でも楽々入れそうな大きな扉を見上げつつ、俺とブラックは兵士達の後ろに続いて遺跡の中へと入った。 「うわっ……中まで玉虫色かよ」  内部は普通かと思っていたが、やっぱり石造りでキラキラ光っている。どこかから外の光を取り込んでいるようで、古い遺跡なのにとても明るい。  だけど、玄関から入った所には何もない広いフロアが一つあるだけで、階段も扉もなかった。これ不思議のダンジョンだったら文句言われる奴だ。  そんな事を思っていると、イケメン二人が俺達に向き直った。 「では、これからアタラクシア第一層へお二方をお連れします」 「第一層……?」  そういえば、ブラックに見せて貰った【アタラクシア図解】っていう地図では、遺跡が輪切りに図解にされてて、階ごとに色んな説明がされていた気がする。  俺には読めない文字(古代文字らしい)だったので詳しくは理解出来なかったが、アレからすればこの遺跡は何階かに分かれているみたいだから、その内の第一層って事なんだろうか。  そんな事を考えていると、緑髪の方の男が説明しだした。 「このアタラクシア遺跡には、多数の階層が存在します。例えば、この私達が居る場所が第一層。ここから上へ行くたびに層は増えます。貴方がたには禁書の閲覧が認められていませんので、第五層までの閲覧となりますが……くれぐれも、勝手な行動は(つつし)んで下さい」 「あ、はい」  急に事務的になったなこの人。  まあ真面目にお仕事してくれる気になったみたいだから良いけどさ。 「それでは、まず第一層の書庫へと案内いたします」  緑髪のイケメンがそう言うと、青髪のイケメンが俺達の真正面にある壁を何やら弄り出した。何をしているのかと思って首を傾げていると、遠くでガコンという音がして壁が下がり始める。これは……隠し扉!  重要な遺跡って言ったらそうですよねこういう仕掛けですよね!!  なんか昔の冒険映画であったよな、光る玉とか入れると壁が動く仕掛け!  うわー、うわー、テンションあがるわぁあ……! 「ツカサ君なんで興奮してるの……?」 「いや、お前アレ興奮しない? 壁動いてるんだよ壁」 「え、別に……だって地下水道遺跡にもあったし、あっちの方が凄くない?」  ぐううロマンの無いオッサンめ。夢を持たない大人は早く老けるんだぞコラー!  確かに仕掛けは地下水道のが凄いけど、これも良いじゃんか。素敵じゃんかー。  親戚と会ってからと言うもの、ブラックは萎縮してるのか緊張してるのか、会話が先程からつっけんどんになっているようだ。お前は正月ん時に無理矢理親戚の前に出されたニートかコラ。 「あ、あの、お二人とも大丈夫ですか」 「あ゛っ、す、すみません。大丈夫なんで行きましょう」  なるべくイケメン兵士達には弱みを見せない方向で行きたかったのに、早速ボロ出しちゃったよ。まあ、嘆願書の効力がまだ有るだろうから、もう表立って俺達に悪口なんか言って来ないだろうけどさ。  そんな俺の予想通りに、兵士達は何も言わずぽっかりと開いた壁へと俺達を案内した。向こう側にはずっと直線の廊下が続いているが、両側には柱が埋め込まれた壁があるだけで、特に変わった感じはしない。  確かに凄い遺跡だけど……なんかこう、侵入者用の罠とかないんだろうか。 「あのー……侵入者用の仕掛けとかないんですか」  前を歩くイケメン達に聞いてみると、青い髪の男の方が少し考えながら答えた。 「えーと、第一層は確か仕掛けは無かったはずですよ。この遺跡は太古からの代物ですが、壁に何かの術が掛かっているようで、壁が欠ける事はありません。それに第一層……一階部分は窓がないので、外からの侵入は絶対に不可能なんですよ。だから警備は扉の所だけで良いんです」 「へー。やっぱ数百年以上も無事な遺跡ってのは、残る理由があるんですね」  俺の世界だと遺跡は風化とか石の劣化で崩れちゃうけど、この世界でなら魔法を掛ければ数千年軽く持っちゃうんだな……。いいなぁ、俺の婆ちゃん()にも長持ちする魔法かけて欲しいなぁ……。  とかなんとかまたもや妄想していると、ブラックが俺に耳打ちしてきた。 「ねぇ、ツカサ君」 「ん? なんだよ」 「なんでアイツらと仲良く話してるんだい?」 「だーから言っただろ、愛想よくしとけば扱いやすいって」 「でも……」  そう言って顔をむすっと(しか)めるブラックに、俺は溜息を吐いた。  まあそりゃあブラックにしてみれば面白くないだろうけど、アンタに対しての風当たりを緩める意味もあるんだから、我慢してくれよ。  ……とは言っても、仲間が嫌いな奴にへこへこしてたら、そりゃムカツクよな。  うーん、理解は出来るけど、頑張ってる俺としてはあんまりイライラして欲しくない。ブラックの感情は理解出来るだけに、難しい問題だ。でもやらなきゃ侮られるだけだし……。 「色々と嫌だろうけどさ、この遺跡でだけは我慢してくれよ。それに、調べる時にはあの二人も流石に付いてこないだろうし……」 「うー……わかった……」  これもうどっちが大人か解んねえな。  まあでも理解してくれたようで良かった。  じゃあ、心置きなく情報収集を始めようではないか。  俺はブラックに「なるべく静かにな」と目配せした後、前を歩いている二人に近付いた。 「あの……今更なんですが、お二人のお名前は……?」  そう言うと、二人とも少し驚いたようだったが、すぐに答えてくれた。 「私はルアン・ヘスト・ブックスと言います」 「俺はティールブルー・ヘスト・ブックス。呼ぶ時はティールと縮めて下さい」 「あ、こりゃどうもご丁寧に……。ええと、お二人とも名前以外は同じなんスね。ご兄弟なんですか?」  ブラックが言うには四家だけってことだったし、多分兄弟だよな?  そう思って訊いたのだが、その予想は違っていたようだった。 「いえ、兄弟ではないんです。ブックス姓は、導きの鍵の一族の絶対的な名ですが……そこから別れた四つの序列には、それぞれに分家があるんです。だから同じ座位名と苗字を持っていても、兄弟と言う訳ではないんですよ。まあ、親戚である事は確かですが」 「現に俺とルアンは、この遺跡で警備をするまで会った事が無かったので」 「ってことは、物凄いでかい一族なんですね……」  目を丸くする俺に、ルアンという緑髪の兵士は苦笑して手を振る。 「それなりの規模だとは思いますが……親戚が多いのはヘストだけだと思いますよ。遺跡管理の都合上、どうしても人手が必要なので必然的に数が多くなったのでしょうね。ですが、他の三つの家は多くても四軒程度しか分家が無いのです。第一座位のヴォールに至っては、最上位の血統なので一つの家しかありませんし」 「管理の為に親戚を増やすって……ヘストの家は本当大変なんですね……」  親戚が少ない他の座位からしてみれば、ヘストの親戚の多さの方が異端って感じがするよな。てか、そのくらい第三座位もこき使われてるって事で……それと考えると、なんか無暗に嫌えなくなって来たぞ。  性格は最悪だけど、仕事に関しての苦労は(いた)わっても良いんじゃなかろうか。  嫌いは嫌いだけど、そう言う部分は認めてやらないとな。  そう思ってさっきの言葉を口にしたんだけど、それが存外二人には衝撃的だったようで、俺を見て鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていた。 「あ、あの……どうしたんスか」 「いや……あの……私達をそう言う風に労わった方は初めてだったので……」 「な……なんか、言われ慣れてない事だったからな」  こいつらもブラックと同じような反応するんだな。  人が頑張ってたら労わるのは普通だと思うんだけど、ブラック達の一族ではそうじゃないんだろうか。いやでも有り得るよなぁ、この感じだと……。  褒められ慣れてない人間ばかりが集まる一族なんて存在するんだろうか。  いや、この世界は異世界だし……それに証拠がココに三人もいる。ブラック一人だったらブラックの性格の問題かとも思ったが、子供を十八年監禁するような一族なんだから、どっか壊れててもおかしくないか。  うーむ、栄誉ある一族だというのに何て闇が深い……。  そんな事を思っていると、見る見るうちに目の前に廊下の終点が迫って来た。 「ああ、到着しましたね。この扉の向こうが第一層の部屋になります」  石造りの両扉には、また不思議な紋様が刻まれている。  俺はその扉を見たのは初めて、のはずだと思ったのだが……。 「……?」  何故か、どこかで見たような妙な既知(きち)感を覚えていた。 →  
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