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善意の行動も100%成功する訳じゃない
嘆きと疲れの夜が明けて、二日目。
俺とブラックは作業をするにあたり少し方法を変えることにした。
その方法とは、二人で一つの本棚を確認するという方法だ。一見効率が落ちそうに思えるが、実はこれが俺達にとってはベストな解決策だったのである。
俺は圧倒的にブラックより検索能力が劣っている。その上、この世界の本にまだ馴染めていないため、確認も遅い。もちろん、この世界の本の傾向など俺にはまだ解らなかった。
だけど、ブラックは違う。この世界の人間だから横書きの本も読みなれているし、何より驚くほどの速読能力を持っている。その上なんと、ブラックは第一層に収められている本の七割くらいを読破していたのだ。
どうやらこのアタラクシア遺跡には、これから重要になるであろう現在の書物や、現在の歴史を語るうえで必要だと思われた本も収められているらしい。
ルアンに聞いたところによると、第一層から第三層はどれも歴史が新しい本で、上層に行くほど古い書物になるとのこと。だったら、ブラックが読んだ事有る本がたくさん有ってもおかしくない。
ブラックが監禁されていた館にどれほどの本が有ったのかは解らないが、「これ読んだ」って言うより「これとこれ読んでない」っていう方が早い状況になってるんだから、ブラックの読破数には驚くばかりである。
ホント、十八年間でどんくらいの本を読んで来たんだろう……想像できないし、量を考えると怖い。あと読んだ本全部覚えてるブラックも怖い。大まかに言っても数万冊以上の本の内容を覚えてるって、脳みそどうなってんの。
流石は特別な一族の民……俺とは脳みそからして違う。
……と、とにかく、それで俺達の作業効率は大幅アップした。
まずブラックにざっとタイトルと本のさわりの内容を確認して貰い、既読か否かを判断してもらう。それから、未読の本を二人で分担して調べるのだ。その方が、昨日よりも二倍も三倍も効率が上がり誤読する事も確実に少なくなる。
俺も余計な本を読まなくて済むので、疲れも大幅に軽減された。
結果、俺達のスピードは飛躍的に上がり、第三層まで一気に調査を進めることが出来たのだが……第三層を調べ終えた後、そのままの調子でいざ第四層へ向かおうとすると、ルアンが慌てて俺達を止めてとんでもない事を言いだした。
「あ、あの、第四層からはモンスターが出現します。ですから、付添っている私としましては、危険が伴う場所にお二人をお連れするのは気が進まないのですが……」
そう言いながら、もじもじするルアン。
ああ、君は一応監視役なんだから、入口くらいまでは俺達に付いて来なきゃ行けませんよね。そりゃモンスターが居るなら危険だし、行きたくないよね。この遺跡の周辺ってモンスター出るって話だったけど、不思議と遭遇しなかったしルアンもモンスターには慣れてないんだよねきっと。そりゃ怖がるわ。仕方ないわ。
と納得したい所だが、なんだそれ。色々突っ込みどころあるんですが。
「ええと……ちょっと待って。ルアンさん一応警備兵なのに何故怖がるの、ってかどうして遺跡にモンスターがいるの、モンスターどっから入ったの」
「恥ずかしながら私達が着任してから十三年間、まるでモンスターと遭遇しなかったので、実は戦い方を忘れていまして……」
「うん。うん!? そっちから説明!? 俺どっちかっていうと二つ目と三つ目を先に説明して欲しかったんだけどね!?」
「つ、ツカサ君どーどー」
色々と理解出来ない異常事態に思わずいきり立っていると、ブラックが俺の体を押さえて宥めすかす。ちくしょうコイツ心に余裕が出て来たら大人ぶりやがって。いや大人だから当然か。ごめん今動揺しててもう自分で何言ってるか解らんわ。
もっと混乱しちゃう前に残りの二つの疑問に答えて、とギリギリ歯軋りをする俺に、ルアンは怯えながらも律儀に答えてくれた。
曰く、この遺跡には「禁書」が自己防衛のために出現させたモンスターが数匹蔓延っており、それを倒さなければ図書室へと入れない……とのこと。
どうやら最上階である第六層に収められた禁書の中に、そう言う自己防衛プログラムを持つ禁書が有ったらしい。その支配力は第四層までしか及ばないみたいなので、モンスターは第三層まで降りて来る事はないが、第四層からはランク4レベルのモンスターがごろごろ出現する場所になってしまっているとの事。
ランク4。また久々に出てきたな。どこで使われてるのか解らない、モンスターのレベル分け方法。ランク8が最高クラスのバケモノなんだっけか。
俺達が旅の途中でよく遭遇しているロバーウルフがランク2らしいから、強すぎて戦えないって訳ではないが……しかし、俺からすれば手強い相手には違いない。
この遺跡ではかなり昔からそうなっていると言うので、第四層から上に行けるのは、能力的にも一族で最高位である【ヴォール】だけなのだとか。
って事はヘストの人の能力値ってわりと低いんだな……。
いや、そこは考えまい。考えるとまたなんか同情しそうだし。
とにかく、第四層から上はそれほど危険なのだ。
「お二方がどうしても向かわれると言うのなら、ご案内致しますが……正直な話、私は何もできませんよ。我々は、第四層の入り口でヴォールの方々がモンスターを蹴散らすのを見ていただけなので……」
「いや手助けとかは良いんですけど……モンスターってどんな物なんですか?」
どうせ行かなきゃならないんだし、そうなりゃ戦闘しなきゃ行けないんだ。
今の内に敵の特徴を聞いておけば、辞典や図鑑で調べて対策出来るかもだしね。
そんな事を軽く考えながら、ルアンに訊いたのだが――――返って来た答えに、俺は耳を疑わざるを得なかった。
「スライムです」
…………え?
んんん? 聞き間違いかな? もっかい聞いてみよう。
「えっと……今スライムって言いました?」
「はいそうです。スライムです。私達も一応本を読んで確認してますので、間違いありません。あれは遺跡などに出現する、スライムに間違いないのです」
ちょっ、ちょっと待って下さいよ。
遺跡って言ったら普通グリフィンとかそういう財宝の守り主じゃないんですか。
なんでここでもスライムなんですか!!
「しかもこの遺跡のスライムは、人の上半身を模しています。ハッキリ言って……異常です。出来れば私達も近付きたくないのです」
「そりゃそうでしょうなああぁあ!!」
人の上半身の形を保ったスライムって、それアレですよね、いわゆる上位種ですよね!? どう考えても強いやん、そりゃ星四つになるわ!!
普通のスライムでも厄介なのに、それの人型進化系とかどう考えても苦戦するに決まっている。第四層でその化け物って、禁書さん張り切って防衛しすぎですってばぁあああ。
「人型のスライムなんて聞いた事がないが……名前はあるのかい」
ブラックが訊くと、ルアンは小難しげな顔をしながら首を傾げる。
「それが……何か参考になるかと、許可を頂いてモンスター図鑑などを調べてみたのですが、不思議な事に名前どころか姿すら確認できなくて……結局どういう存在なのかも解っていません」
相手のその言葉に、ブラックは腕を組んで小首をかしげた。
「現在の図鑑からは削られたか……もしくは新種か……いや、もしかしたら伝説や伝承の類にされている可能性があるな。禁書は大体が超古代の遺物だ。近代の書籍に記されているとすれば、伝承の類になっている可能性が高い」
ブラックの冷静な推測に、ルアンは初日の嘲りなど全く感じさせないほど素直に感嘆し、なるほどと手を打った。
「なるほど……存在しないモンスターは、伝承として伝えられるのですね。決して存在が抹消された訳ではなく、項目が移動しただけ」
「抹消される物も有るだろうけど、スライムのように種族が少なく出現場所が限定されている物なら、少なくとも目撃例くらいは伝承に残っているだろう。何より、彼らは古来から嫌われ者で描写に事欠かないからね」
「ほう……蛇蝎の如き存在故に、ということですね……なるほど……!」
ルアンはどうやらブラックの知識に感銘を受けたらしい。
むう、やっぱこの人達は偏見で凝り固まってただけで、あんまし悪い人じゃないような気がする……。このままブラックが凄い所を見せたら、少なくともルアンはブラックに対しての認識を改めてくれそうだ。
「なんにせよ……厄介なモンスターなら、それなりに準備をしないとね。ツカサ君、面倒だけど伝承関係の本棚をもう一度浚ってみよう。幾つかそれらしい伝承があった気がするから、手分けして名前を探して調べるんだ」
「お、おう。分かった」
なんか俄かにやる気出してきたな、この中年。
まあでも元気になったならいいか。
張り切り出したブラックに指示を任せて、俺は不覚にも少々嬉しくなりながら、再び本棚に向かい第四層のスライムに関する情報を集め始めた。
――そうして幾つかの手がかりを見つけ、二人で調べた事を擦り合わせている内に、あっという間に日は落ちていた。
しかし今回は第三層までの調査は終わっているし、まだまだ俺も元気だ。
ブラックも昨日よりかは緊張が解れて、兵士達と顔を合わせても真顔になったりしなくなってきている。とは言ってもまだ態度はぎこちないし、俺と話す時のようにフレンドリーな口調ではないが……まあ、この分ならルアンとはどうにか話せるようになりそうだし、長い目で見て行こう。
とにかく、今日の俺達には余裕がある。
ティールは昨日と同じく門番を担当していたので親密度はアップしていないが、ブラックとルアンの互いへの緊張感が和らいだ今、この余力を使わない手はない。
古今東西、仲良くなるには打ってつけと言われる物が有る。
それは食事。そう、美味しい料理を囲んで一緒に食事をするのだ。
共に食事をとれば、ぎこちない仲間同士でも連帯感が生まれ、不思議と相手に対して親近感を持つようになる。勿論絶対に上手くいくって方法ではないが、少なくとも今のブラックとルアンなら、もうちょっと距離が縮まるかも知れない。
と言う訳で、俺は親睦を深める為に料理を振る舞う事にしたのである。
ホットケーキを作ろうかと思ったが、ブラックもこんな状態で食べたんじゃ美味しくなかろう。何より、俺に見せたような腑抜けた顔は親戚の前では見せたくないに違いない。なので、食料庫の食材で普通の料理を作る事にする。
幸いここには沢山の食料が貯蔵されているので、材料には困らない。
土地柄小麦粉の貯蔵も有り、ルアンの話では自分達でパンを焼いて食べるとの事だったので、良い白パンが食べられそうだ。
ってことは、このパンに合う料理が良いよな。
もちろん、料理素人の俺が作れるような簡単な物が良い。
白パンが活かせて、尚且つルアンとティールが食べた事のない、美味しいものと言うと……これはもう、クラブハウスサンドっきゃないでしょう。
ここには分厚くて脂身がたっぷりのヒポカムの燻製肉もあるし、黄色くて楕円形な謎の卵も有る。調味料は塩胡椒しかなく、バターやマヨネーズなんて高尚な物はどこにもないが、植物性の油は有った。具が少なく味が単調なのを誤魔化すのは、パンを焼いて風味を付けるに限る。
てなもんで、今の俺にはクラブハウスサンドしか思い浮かばなかった。
あと、リモナの実以外の野菜がないと言う残念なお知らせもあったが、そこらへんはまあ、便利な災厄の力でちょっと生やしました。
すんません、生やしました。良いじゃんこのくらいの恩恵受けたって。木の曜術なら最悪遺跡の中が凝縮した森になるだけだし……。
昨日の夜から「チートなのに無能」とか言う立場の虚しさを引き摺ってるんで、セコい使い方するのくらいはカンベンして下さい。ふええ。
ってなわけで、俺は台所を借りてちゃっちゃとクラブハウスサンドを作った。
卵はもちろん目玉焼き。ベーコンは少し厚めに切ってカリカリに焼いた物を用意する。何故なら、うまみ成分が出るのがそれしかないからだ。
肉厚なベーコンをじっくりと焼いている間に、真四角に切った白パンを焼き目がつくまで網に乗せて遠火で炙る。その後、植物性の油を薄く塗り、リモナの実で少々酸味を付け、軽く隠し味を入れて、全てをサンドしたら完成だ。
クラブハウスサンドなら、本当はトマトやマヨネーズとかの濃い味な食材が欲しかったんだが、残念ながらトマトの種とか買い忘れてたんだよな……。
白パンが死ぬほど食えるなら、種を買っとけばよかったよ。トホホ。
しかしまあ、味見した分にはこの世界じゃ上々の味だったし良しとしよう。
俺は夕食の用意を整えると、満を持してブラックとルアン達を食堂へ呼んだ。
「うわっ、な、なんかいい匂いするぞ」
「これは……クグルギ様、何を作って下さったんです?」
二人はどやどやと入って来て、クラブハウスサンドをしげしげと見ている。
そんな若者たちを横目に見ながら、ブラックは俺に近付いてきた。
「ツカサ君、これ……なんだっけ、さんどいっちとか言う奴?」
「おお、そうそう。良く覚えてたな。アレの白パン版だよ。ほんとはこっちの方が通常版なんだぜ。食べて見ろよ」
「う、うん」
兵士二人と俺達は向かい合ってテーブルに座り、それぞれサンドに齧り付く。
マヨネーズもバターも無いサンドイッチだけど……果たしてどうだろうか。
ブラック達は暫く黙って咀嚼していたが、大きい一口目を飲み込むと、我先にと言わんばかりに一斉に無言で二口目三口目を貪り始めた。
味の按配を見る為に試食しまくって腹いっぱいになっていた俺は、飲み物と草を食んでいるだけだったのだが、そんな俺の小食OLみたいな食事よりも早く三人は皿を空にしてしまった。
「ど、どうだった?」
ここまで勢いよく食べたと言う事は、そこそこの味だったと言う事だろうか。
固唾を飲んで三人の反応を待っていると、ルアンが一番先に口を開いた。
「いやぁ、美味しかったですよ! この……クラブ……えーと、このパン料理! 甘酸っぱいソースと燻製肉の塩気、それに野菜の歯ごたえがたまらなくて!」
「俺はもうちょっとガツンと刺激が欲しかったが、結構うまかったですよ。燻製肉をパンにはさむってのは、メシを簡単に済ませたい時にやってたが……ひと手間でこんなに上手くなるなら断然こっちだな」
おおむね好評なようだ、良かった。
ティールは恐らくマスタードとかカラシ的な刺激が欲しいんだろうな。もしくはもうちょっと味が濃い方がよかったんだろう。気持ちは分かる。
俺はマヨネーズとかソースが入ってるクラブハウスサンドを知ってるから、あの味が恋しくなる訳だが、ティールの場合は恐らく好みの問題だとは思うが。
俺には甘酸っぱいソースとして受け入れられた、リモナの実を絞ってベーコンの油と一緒に炒ったクレハ蜜は、彼には少し甘すぎたらしい。
隠し味、とは言っても、人に受け入れられる程度に含ませるにはまだまだ修行が足りないようだ。
まあでも気に入ってくれたみたいだから良いだろう!
いやまて、ブラックの感想を聞いて無い。
そう思って隣のブラックを見てみると。
「……ブラック?」
何故だか少し怖い影を含ませた顔で、ブラックが兵士達を見ていた。
「ブラック。おい」
「あっ、ああ、いや、なに?」
「美味かったかって聞いてんの。なに、不味かった?」
よもやマズすぎて意識を飛ばしてたとは言うまいな、と半眼で睨むと、ブラックは慌てて大きく首を振って俺の言葉を否定する。
「ちっ、違うよ! サンドは美味しかったよ、ホントだよ!?」
「じゃあ何なんだよ。さっきの顔は、食事の時間にする顔じゃねーぞ」
マズいならハッキリ言え、怒るけど怒らんから。
などと意味不明で理不尽な事を言いつつブラックにずいっと顔を近付けると、相手は殊更明るく振る舞うかのように苦笑いを浮かべて、目の前で両手を振る。
「い、いや何でもない、本当に何でもないから……それより今日のごはんも美味しかったよツカサ君。甘酸っぱいソースって果物系だけだと思ってたけど、それだけじゃないんだね」
「ん……うん……。まあ、美味しく食べたなら良かったけど……」
なんかはぐらかされた気がする。
やっぱり追求すべきだろうか、と改めてブラックに問おうとすると、良い感じにルアンとティールが俺の声を邪魔してきた。
「ええと……あの……貴方様は、いつもこんな美味しいご飯をクグルギ様に作って頂いてるんですね。羨ましい限りです」
「ホント羨ましいぜ……ウチは当番制だけどよ、料理なんて簡単なモンしか作らねーんだ。俺達にもこんな嫁さんがいたらなぁ」
嫁じゃねーって!
と言いたいが言う事も出来ない俺に構わず、二人は俺に羨ましい羨ましいと捲し立てる。二人はよっぽど自分達の料理に飽きていたらしく、俺はその勢いに圧されブラックを追及する暇もなくなって、仕方なく二人に向き直った。
「図書室に本が有るし……正直この程度だとどうかなっては思ってたんですが……喜んで貰えてなによりです」
そう言うと、ルアンが困ったように笑う。
「いや……私達は本の閲覧を禁止されてるので、そんな訳にもいかないんですよ。だってほら、門番がそんな事をしたらいけないでしょう? だから、私達も自分が知ってるありきたりな料理しか作れなくて……クグルギ様の料理は久しぶりの美味しい料理でしたよ。本当にありがとうございます」
「い、いえ……あの、俺達も実際サマ付けされるほど偉くはないんで、出来たらもっと砕けた感じで呼んでくれると嬉しいです。な、ブラック」
同意を求めようと再びブラックの方を向くが、またコイツはぶすっとしている。
お前はもー! 俺の「兵士達懐柔作戦」を解っておらんのかー!
ブラックに二度と陰口叩けないようにしようと思って、初対面の印象最悪な二人にも頑張って料理を振る舞ってフレンドリーにしてんのに、お前がそんな態度じゃ何も変わらないでしょうが。気持ちは分かるけどさぁ!
しかし、ブラックはツンケンしたままでちっとも態度を和らげない。
だけども何か思う所は有ったのか、一言だけ兵士達に言葉を放った。
「…………名前で呼ばなくていい。ラークと呼べ」
ラークって、お前がライクネスで使ってた偽名やん。
なんで今更あの偽名をと思っていると、ブラックはそのまま席を立って部屋を出て行ってしまった。その後ろ姿を追っていると、兵士達二人があからさまな安堵の溜息を吐いて肩の緊張を緩めていた。
な、なに。あんたら今まで緊張してたんですか?
なんだか俺一人だけがこの場の雰囲気に置いて行かれているような気がする。
どうしてブラックがあんな態度で出て行ったのか解らず二人を見ると、ティールは弱ったような顔をして肩を竦めた。
「すみません……あの……どうしても、私達にはあの方の名前を呼ぶ事が出来なくて……ぶ……ラークさんは、それを察して偽名を作って下さったんだと思います」
「名前を呼べないって……どういう事?」
「それは……私達から聞くよりも本人から聞いた方が良いと思います。……ラークさんは、貴方にだけは特別に接しているみたいなので」
「悪口言った俺達が言うのも何だけど、あんまりそう言う事は言いたくないんだ」
二人が言わんとする所が全く分からなかったが、しかし、いつもとは違う態度のブラックに「なんであんな態度を取ったんだ」なんて言うことも出来ず、結局俺は夕食の後始末をして、部屋に戻る事しか出来なかった。
だって……あんな冷たい態度のブラックなんて、初めて見たし……。
どうすりゃ良いのか、解んないよ。
いつもみたいに頭撫でても拒否されそうだし、そんなの俺がダメージ食らいそうでとてもじゃないが実行できない。ブラックに拒否されるなんて、いつもと勝手が違って変な感じになりそうだったし……。
明日は第四層への挑戦なのに、こんな感じで良いんだろうか。
……でも変だな。前はもっと、ブラックにぶつかって行けたはずなのに。
何で今更、嫌われたらどうしようって思ったんだろう。
俺、前はもっと……男らしく、ブラックになんでも言いに行けたのに。
「女々しいぞ、俺ぇ……」
そうは思っても、俺の臆病な心はブラックにぶつかりに行く事も出来ず。
結局、それぞれの部屋で夜を明かす事しか出来なかった。
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