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無様な感想戦
忌々しそうにライルは言った。
「ムカつくぜ。あのヤモリ。夜行性の下等生物が人間気取りやがって。お前どう思う?」
静也は影山に何のわだかまりもなかった。中国では大層活躍したのも知っている。
勘解由小路が僕を使役するタイミングが最終局面になったのも、影山の存在があったからだった。
戦部さんと数合でも撃ち合えた、勘解由小路の僕に匹敵する戦闘力は本物だった。
「ライル、女媧を倒せたのも実質影山さんの力だった。俺は影山さんに一切の悪感情はない」
「それだ。その女媧ってババアな?どうだった?」
言われて静也は思い出した。
「ヒステリックに喚き散らすが、確かに綺麗なおばさんに見えた。旦那には怯えていたが」
それだ!ライルは膝を叩いた。
「ヤモリの!ヒョウモントカゲモドキの分際で、俺を差し置いてエロミルフに迫られるとは許せん!絶対に!畜生めええええええええ!」
何とも無様な妖精王の姿があった。
一方、影山は今も女子からキャーキャー言われていた。
産みの母親ゾーイ譲りの端正な顔立ちは、精悍な体つきも相まって、飾り気のない美丈夫になっていた。
制服に袖を通した時、お嬢様達は揃ってほうっと息を吐き、父親がニヤニヤしていた理由が解った。
実は一番気にしていた妹の涼白は、自分が着た女子の制服をワクワクした表情でクルクル回り、妹お嬢様がキャーキャー言っていて嬉しそうで、全くリアクションがない有様だった。
涼白が褒めてくれるなら十分なのにな。むしろ本望だ。
要するにシスコンヤモリがいた。
涼白は、男子生徒に囲まれて何やら困って見えた。
あのオス共にアルコルハンマーをぶち込みたい欲求を感じていると、目の前に妙に浮ついた女生徒が立っているのに気がついた。四人ほど取り巻きがいた。全員が挑むように影山を見つめていた。
「ねえ、貴方、私をご存知かしら?」
確か、同じクラスの。
「ーーああ、思い出した。クラスメイトの、おにぎり」
「小田切ですわ!小田切榮ですわ!」
「すまない。名前しか知らない」
「お嬢様をご存知ないとはとんだ田舎者ね!稲荷山グループと双璧を成す小田切インダストリアルの社長令嬢にして、我がクラスに君臨する女王にあらせられるのよ!畏まって要件を聞きなさい!」
「いや。世事に疎いのは謝罪するのだが。それで、何の用だろうか?おにぎり山の女王よ」
「おにぎり山じゃないっつうのに!無礼な男!勘解由小路先生の縁者というだけで、ちょっと調子に乗ってない?!勘解由小路家なんか、小田切インダストリアルの資産に比べれば!」
「苧環、下がりなさい」
気炎を上げる取り巻きを制して、小田切榮は一歩前に出た。その身には自信がみなぎっていた。蝶よ花よと育てられた、いわゆる上級国民の自信の表れだった。
出来はイマイチだし見た目は数段劣るが、うちのお嬢様じみていた。戦闘力は比べるまでもない。脅威判定はランク外。気にする必要を感じなかった。
「どうでもいいのだが済まない。次の授業の予習をしなければならない。πはまだ三万二千桁までしか記憶出来ていないのでな。お嬢様は既に68万桁記憶しているのだ。目標値は百万桁。お前に教えられるのだろうか?」
ひくっと、小田切榮の頬が引きつった。
影山は、円周率の記憶を続けていた。
置き去りにされたおにぎり女は、烈火のような目で影山を睨みつけていた。
影山は、既に興味を失っていた。
人間社会勉強と涼白。それ以外何の執着もないのが影山という男だった。
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