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シンと静まり返った夜の病院にヒールの音が響く。
《もっと違う靴にすれば良かったわ》
誰にも見つかりませんように。
ミサトは必死に念じながらそっと階段を昇っていった。
4階の表示を確認してから廊下を伺う。人の気配が無いのを確かめてからキョウジに言われた部屋のドアノブに手をかけた。
キョウジの言った通り鍵はかかってない。ミサトはするりと部屋の中に滑り込んだ。
薄暗い部屋の中でバッグの中を確かめる。
固く冷たい感触にミサトは身を震わせた。
「……ミサト?」
ふいに声をかけられ、ミサトは飛び上がりそうになった。
動揺を押し隠し、ゆっくりと振り向く。
「脅かさないでよ。ビックリするじゃない」
「ごめんごめん。でも来てたんなら電気くらい点けたら良かったのに」
キョウジが頭を掻きながら手探りでスイッチを入れる。眩しい光にミサトは目を細めた。
「私も今来た所だったし……誰かに不審に思われたらいけないかと思って……」
「大丈夫大丈夫。こっちには巡回も来ないから」
キョウジは軽く笑うと、部屋の隅にある給湯室へと向かう。
「紅茶でいいかな? ティーバッグで悪いけど。適当に座って待ってて」
ミサトは手近な椅子に腰掛け、膝の上のバッグを握り締めた。
やがてキョウジが湯気の上るカップを持って戻ってくる。
「砂糖とミルクはセルフサービスで頼むよ」
「ありがとう」
ミサトはカップを受け取ると、シュガーポットから砂糖を入れた。
キョウジが向かいの席に座る。
「で? 話って何かな?」
優しげな笑み。本当は嘘のクセに。
ミサトは唇をきゅっと噛んだ。
わざとゆっくり紅茶を味わう。
カップを両手で包み、揺れる琥珀色の液体を見つめたまま、ミサトはポツリ、と呟いた。
「今日……ユウジの事故現場に行ってきたわ」
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