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「……好きだよ、颯太」
また颯太の瞳が揺らぐ。涙が溢れそうなのをぐっと堪えるように眉間に皺を寄せて、ベッドに横たわる俺に被さるようにして俺の肩口に顔を押しつけた。病衣にじんわりと涙が染みてくる。
「なあ……キス、してみる?」
俺がそう言うと、顔を上げた颯太は一瞬躊躇ったけど、小さく頷いて瞼を閉じた。長い睫毛が微かに震えている。
顔がすぐそばまで来て、ふわりと唇が触れた。想像よりも柔らかな感触に驚く。
唇を離すと、颯太は目を開けた。顔が茹で蛸のように真っ赤だ。肌が白いから首のあたりまで赤みを帯びているのが分かる。
「顔真っ赤だぞ」
「う、うるさいなあ! 大輝だって顔赤いし!」
顔は熱いし、心臓の音がうるさかった。今ベッドサイドモニタを見られたら、心拍数が上がっているのがバレてしまうだろう。
「……帰ってこれて、良かった」
そう呟くと、颯太は俺の手を大事そうに握り、「お帰り」と言って笑った。
ある時偶然あの幽霊、大輝さんと出会った場所を通り掛かった。いつも路上ライヴをしていたと言っていた場所に、大輝さんと颯太さんと思われる男性の姿があった。
僕は彼らが帰るまで、近くのベンチに座って見ていた。誰にも気づかれることはなかった。
彼らが去り、人の通りもまばらになった頃、僕はまた街のパトロールを始めた。人ではない何者かを導くために。
深夜三時。丑寅の方角は鬼門と呼ばれ、この時刻は丁度この世ならざる者達の時間でもある。あの世とこの世が、一番密接な時間帯。肉体から抜け出た魂が戻れる、唯一の時間でもある。
だから、この時間帯に知らぬ間に街を彷徨っていたら、自分の身体に糸が付いていないか確かめて欲しい。
もしその時、自分と目が合った者が居たら、それはきっと貴方を助けてくれる、この世ならざる者だ。
「あの、今……」
午前三時の幽霊は、あの世とこの世の狭間にいるのだから。
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