午前3時の幽霊

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「時間があまり無いようですね。まだ走れますか」 「ああ……死にたく無いからな……」  肩で息をしながら、糸が続く道の先に向かって走り出す。  魂は無事でも肉体が限界を迎えれば糸は切れる。戻る器を失ったり、長く魂が肉体から離れれば、生きる気力があっても戻ることはできない。彼は今、肉体が魂が抜けたままで持ち堪えることができるギリギリの状態にあるのだ。実際幽体では疲れることはないのに、身体を引きずるようにして走っているのだから。  と、大通りの突き当たりに大きな建物が見えた。「総合病院」。その中に向かって糸が続いている。 「あの中です」  病院の中に飛び込む。一階のナースステーション以外は真っ暗だが、糸が仄かに光っているので見失うことはない。 「今は恐らく集中治療室でしょう。もうすぐそこです」  大輝さんは話すことも辛いのか小さく頷き、ふらつく身体を無理矢理動かしただ前を見て一歩一歩進む。歩くことすら困難になってきていた。 「大丈夫、貴方は辿り着ける」  大輝さんの片腕を自分の首に掛け、身体を支えて歩き出す。  一番奥の手術室の前にあるベンチで、祈るように待つ二人の中年の男女と若い男の姿があった。 「父さん、母さん……颯太……」  三人の姿を見て、大輝さんの歩みが速まる。雄叫びのような声を上げながら、力を振り絞って集中治療室のドアを通り抜けた。  中では心臓マッサージが行われていた。医者が手を止めると、脈は0を示して耳障りな音が機械から響く。何度も何度も、蘇生術が繰り返される。 「リュウ……俺、行くわ……」 「はい」  大輝さんは自分の足で、今にも切れそうになっている糸の先で、管に繋がれ横たわる自分の前に辿り着いた。 「……ありがとう」  そう言って振り返った大輝さんは、少し涙を浮かべて微笑んでいた。 「いえいえ。生きている魂を肉体に戻すのは、仕事の中でもポイントが高いので。ウィンウィンです」  消える寸前、大輝さんは笑って手を挙げていた。
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