53人が本棚に入れています
本棚に追加
丑三つ刻という言葉を知っているだろうか。妖怪や幽霊が出るとか、丑の刻参りだとかで有名だが、二時から二時半を指す語だ。
何故その時間なんだと言われたら、諸説あるだろうが、僕に言わせたらそれくらいの時間にその辺を歩いている人間は少ないからだ。近年も交通の便が良くなったとはいえ、一時台の終電、四時台の始発のちょうど間にある三時前後の時間帯はより人が少ない。
つまり、午前三時に彷徨いているのは人間ではないことが多い、というわけだ。
「……おい、あんた」
だからこんな時間に外を歩いていると、声を掛ける者が現れるから、注意が必要だ。
「あんた……俺が見えるのか?」
若い男。大学生だろうか。アスファルトの上に座り込んでいた。茶に染めた髪の両サイドを刈り上げてゆるくパーマをかけている。片耳にシルバーのピアスをつけ、黒のMA-1ジャケットに白のTシャツ、黒のダメージ加工されたスキニーパンツ。昨今のトレンドをなぞったような服装だ。
それに対して、僕はぼさぼさ頭にパーカーによれよれのスウェット、使い古しのスニーカーという格好だ。こんな風貌の人間に話し掛けるなど、普通の人間ではない。
「はあ、まあ」
「助けてくれ……!」
男は涙目で僕の足に縋り付いた。
「俺、気付いたらなんか急にここにいて……誰に話し掛けても無視されて、触ると通り抜けちまうし……! なんか知らねえけど、死んじまったみたいなんだよっ……!」
何か分からないのに死んだと思うのは、今の彼の状態がいわゆる幽霊の特徴に酷似しているからだろう。
僕は男の前に屈んで、小刻みに震えている両肩を掴んだ。
最初のコメントを投稿しよう!