第1章

1/1
1人が本棚に入れています
本棚に追加
/2ページ

第1章

《まえがき》 天皇は神である. 国家の支配者に正当性を与える神である. 若しくは、国家の支配者が天皇を神と認定する. 国家の支配者とは、徴税と徴兵の権力を持つ権力者のことである. 神と云う仰々しい言葉を、もっと単純な言葉に代えれば、記号です. 天皇とは、国家の支配者に正当性があることを示す記号です. 官僚用語で言い換えれば、象徴です. 《奈良時代まで》 大王家と豪族間で権力闘争をしていました.物部氏vs蘇我氏とか、中大兄皇子vs蘇我氏とかね. 大王家の一族内でも権力闘争をしていた.古人大兄皇子vs山背大兄王とか、天武vs大友皇子とかね. 武力によって物事を決めていたのです. そのような情勢の中で、貴族政治家の舎人親王は、天皇を神に祀り上げる事を考え付いた. 神代から続く万世一系と云う皇統を創りだして、神の末裔に天皇を置いた.神の権威が天皇に備わっていると云う物語を世の中に広めた.その物語を使って、天皇家は他の豪族を牽制した. その天皇家に、藤原氏が取り入って勢力を伸ばしたのです. 《平安時代、前期》 藤原摂関家が、国家の支配者となりました. その正当性を、天皇の権威が支えました. 藤原氏はと天皇家の婚姻関係が繰り返された.他の氏族は権力から遠退くことになりました. c051f915-81e9-442e-81ea-f45e8f5fe3a5 《平安時代、後期》 源氏や平氏の武士団が、新興勢力として頭角を現して来ていた. 太上天皇は、藤原氏の専横に不満を持っていました.荘園経営で私腹を肥やす藤原氏を排除しようと考えました.そのために、武士団を重用したのです. そして太上天皇が、国家を直接支配するようになりました. その正当性は、自分自身の権威が支えました. f4a2afa7-879e-4145-b6e3-86939011bb84 《平安時代、末期》 武士団の実力は大きく成長した.公家の力では抑えることが出来なくなっていた. その中、平清盛一族が抜きんでて、国家を支配した. 自分達の武力でもって、他の一族や源氏を制圧した. その正当性は、天皇の権威が与えました. 6e7c9002-3ce7-4d86-bfe4-d0cd135c623d 《鎌倉時代、初期》 関東の武士団は、平家の専横に不満を持っていた. 源頼朝を担いで、関東の武士団が平家一門と武力衝突を起こしました. 源頼朝は戦いに勝ち、関東の武士団は平家の支配下から脱しました.頼朝は武家の棟梁となりました. 武士団それぞれの血筋は、遡ると天皇家に行きつく. その天皇家が、頼朝の支配に正当性を与えました. 7ae3433c-351b-4a6e-a229-f2c8947fb668 《承久の乱以降》 後鳥羽上皇を倒した北条義時は、八幡神の生まれ変わりとされました.義時は神の権威を持ちました. 北条一族は、武力でもって、他の武士団を牽制しました. 北条得宗家が、国家を支配したのです. その正当性は、北条義時の権威が支えました. 両統迭立に至っては、北条得宗家が天皇に正当性を与えるようになりました.立場が逆転し、天皇の権威は失墜した. 9bfede65-8460-4ead-a27f-e2db266b1da5 《室町時代》 足利尊氏が、光明天皇の権威を使いながら南朝方の武士団を牽制して、足利将軍家の礎を築いた. 尊氏に国家を運営する才能はなかったが、戦闘は得意だったのです. 義満の頃になると足利氏の武力だけで、国家の支配が可能になりました. と云うよりも、大名が各地で割拠して自分の領地領民を支配しているだけでした. 足利氏が創設した皇統が北朝ですが、天皇は名ばかりで正当性も権威もありませんでした. 後南朝が途絶えたところで、正当な皇統は途絶えることになりました. 16750232-90a9-4479-b007-8f4f33a2f07d 《戦国時代》 依然として各地の大名が、各々の領民を支配しているだけだった.他国の武士団を従わせる必要がないので、天皇の権威は不要でした. 織田信長は全国を統一しようとしました.自分の持つ武力だけで国家の支配者になろうとしていた.よって、信長も天皇の権威を必要としなかったのです. a9789cff-ed59-4bd6-a4c5-c8a19052605f 《戦国末期》 信長の後を継いで、羽柴秀吉が全国を統一しました. しかし大名が源氏や平氏であるのに対して、秀吉の出自は余りにも悪かった. 支配者としての正当性を担保するために、天皇の権威を利用する事を考え付いた. 羽柴秀吉は関白豊臣秀吉となった. 451639e6-a263-4307-939b-5c3e75ed9427 《江戸時代、初期》 豊臣方に対抗するために、徳川家康は征夷大将軍になりました. 支配者としての正当性を天皇の権威に求めたのです. 503f5989-cb38-48c9-af52-3cc2541b1d51 《江戸時代》 家康が東照大権現となった後は、東照大権現の権威が、徳川家の支配の正当性を支えました. 家康が、神州日本の神になったのです. ひとたび徳川家に正当性が確立したら、天皇の権威は不要となった.禁中並びに公家諸法度により、天皇は徳川家の支配下に置かれた. bf607a5c-17bf-4ea2-a93e-40607fdae8d1
/2ページ

最初のコメントを投稿しよう!