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「お昼ごはんは食べた?」
「あっ、……いえ……」
答えると店主はにっこり笑って、
「そうじゃないかと思ってた。ちょっと待っててね」
そう言って厨房に入り、程なくしてトレーに食事を乗せてきた。
「残り物だけど、良かったら」
「え……」
テーブルに置かれたのは、ごはんとお味噌汁、それに揚げ豆腐と野菜の煮物と、小鉢にポテトサラダが添えられていた。フワッと温かな湯気とともにいい匂いが立ち上がり、胸にじんと染みた。
「食べられるだけでいいから、食べて。お金はいりません」
「いいんですか……?」
「いいから出したの。ほら、温かいうちに」
「あ……ありがとうございます……」
いただきます、と手を合わせて、震える手で箸をとった。
白飯を一口分持ち上げて口に運ぶと、柔らかな甘みが口から鼻へと抜けて、涙腺を刺激した。
僕が食べ始めたのを確認したからか、店主はまた厨房に戻って行った。
滲む涙がこぼれ落ちないように、ぐっと気を引き締めて、時折鼻をすすりながら数ヶ月ぶりのまともな食事をしっかりとかみしめた。
出された食事を完食して、はぁーっと、息をついた。
「足りた?」
「はい……、ごちそうさまでした」
「うん!」
店主は満足そうに微笑んで、食器を下げた。そしてティーカップを二つ、ソーサー無しで手に持って戻り、一つをこちらへ置いて、自分も向かいの席に座った。
「それは食後のハーブティー。胃が落ち着くから」
カップを手に取ると、爽やかなミントの香りが漂った。ひと口飲んで、また、はぁーっと息をつく。
「それじゃ、本題だけど」
そう言われて、せっかく食事で緩んだ体に再び緊張が走った。
「求人してもいない店に、藁にも縋るような顔で飛び込んで来るに至った、君の事情からまず聞かせてくれない?」
「それは……、えっと……」
「うん?」
この店が好きだから是非働きたいとか、菜食料理の勉強がしたいとか、適当な理由でごまかそうと思っていたが、見ず知らずの僕に何も聞かずに食事を出してくれた人に対し、嘘をつくのも忍びないと思った。それで、自分の状況と動機を正直に話すことにした。
勤め先での連日の残業と叱責で、心身ともに疲弊してしまったこと。ストレスによる胃腸炎が酷く、最後には起き上がる気力もなくなり、仕事に行けなくなって辞めたこと。その後、病院に通いながら数ヶ月療養しているが、あまり回復しないままで、新しい仕事を探すこともできないこと。収入が無い状態でも病院代と月々の家賃や税金等の固定支出はあるため、貯金が底を尽くのを恐れて食費を削っていること。三十歳を過ぎてこんな状態に陥っていることに、言い知れぬ不安感と焦りがあること。
だんだん体が弱っていく気がして、このまま死ぬのかと思った時に、以前何度か食べに来たこの店を思い出したこと。
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