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「ここのご飯は、胃腸に響かなかったので……」
「だから働きたいの? 料理を覚えるため?」
「その……、こういう個人経営の飲食店なら、賄いとか、そういうので、凌げるかなって、思って……」
自分の厚かましさと浅はかさに情けなくなり、最後のほうは声が小さくなった。でも、切羽詰まっていたから、本当にそういう考えだったのだ。
それを聞いた店主は、困ったように息をついた。
「スミマセン……」
僕はテーブルの下で指をモジモジさせた。
「いつも何を食べているの?」
「午前中に食パン一枚と……、夜に、通販で安くまとめ買いしたカップ麺と、たまにキャベツをかじってます……」
店主はあからさまに顔を歪めて絶句した。そして再び、困ったように息をついて、しばらく考え込んだ。
「事情はわかったけど、うちは、こんな小さな店だし、私一人で充分なのよね。そりゃあ、配膳と会計をやってくれる人手があったほうが助かるのはもちろんだけど、人を雇えるほど儲かってもいないし、それにどうせ働いてもらうなら、元気な人じゃないと」
「そう……ですか……」
僕は落胆した。そして、これからどうしようかと途方に暮れて、俯いたまま、動けなくなった。
「家は近いの?」
「はい……自転車で、十分くらいです」
「毎日来られる?」
その言葉に、驚いて顔を上げた。
「えっ、じゃあ……!」
「いや、雇うことは出来ないけど」
そう言われ、やはりダメかと肩を落としかけた、その時。
「毎日三時頃で良ければ、ご飯食べにおいで」
「えっ!?」
「毎日というか、営業日だけだけど、それでも良いなら」
「でも、お金が……」
「いらない。どうせ毎日少し残るから、さっきみたいにそれを食べてもらうだけよ。だからメニューは選べないけど」
「う、嘘……」
「嘘言ってどーすんの」
店主は声を上げて笑った。
「とにかく、今はちゃんと栄養とって、しっかり休みなさい」
ね、と温かく諭され、ぐっと胸が詰まる感じがした。次の瞬間、涙がぼろぼろ溢れてきた。
「ありがとうございます……、ありがとうございます」
「はいはい、それじゃ、また明日ね」
こんな幸運があるだろうか。
この世知辛い現代に、こんなおとぎ話のような話があるだろうか。
僕は信じられない気持ちでいっぱいだったが、とにかくこれで生きる希望が見えたと、深い安堵を覚えていた。
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