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今日もいつも通り、ご飯が出てくる。
これが最後の店主の味だ。
一年間慣れ親しんだ味とお別れするのは淋しい。淋しいし、不安もある。でも、まだ貯金は数万円あるし、最後のバイト代も入るから、給料をもらうまで食いつなぐことはできる。だから、大丈夫だ。
ここまで来られたのも、この食事のおかげ。一日にたった一食でも、栄養のしっかりある、温かいご飯を毎日食べられて、生きる希望をもらえて、不安がなくなりよく眠れるようになった。胃腸も落ち着いて、体重も戻って、働く元気も蘇った。すべて店主のおかげだ。
最後の食事を終えてから、僕は店主に話を切り出した。
本当は四ヶ月前からバイトをしていたこと。また働ける自信がついて、職を探したこと。そして、新しい勤め先が決まって、明日から出勤すること。
店主は驚いていたが、とても嬉しそうに言った。
「そっか。おめでとう。ちゃんと自分で考えて行動してたんだねぇ。良かった。私、安心しちゃった。本当に良かった」
「ありがとうございます。あの、それで」
「それじゃ今日で最後だったんだ。わかってたらちゃんとご馳走作るんだったのに、いつもの余り物で悪かったね」
「い、いえ、全然。あの、それで……」
「あ、そうだ。代わりにこれ持って行きなよ」
店主はそう言って、店先で販売しているパスタの麺を三袋とオリーブオイル、ミックスハーブ、そして天然塩を一袋、腕に抱いた。どれもこの店で使っている上質なものだ。
「これがあれば、野菜だけ買えば当面食いつなげるでしょ。ちょっと重いけど」
「こ、こんな高いもの……」
「良いって良いって。卒業祝いなんだから」
店主は奥から袋を持って来ると、それらを詰めて僕に手渡した。
「あ、ありがとうございます……」
言わなければ。ちゃんと少しずつ支払いに来ると。言われる前に、言わなければ。
でも、店主からはお金を要求する気配は微塵も見えない。
「それじゃ、元気でね。もしまたつまづいたら、いつでも戻っておいで。その時にまだこのお店があればだけど」
カラカラと笑って、店主は扉を開ける。爽やかな風が吹き抜ける店外へ、僕を促す。これまでの恩を返す方法など、何一つ口にしない。
「あのっ……」
僕はたまらず口を開いた。
「あの、どうして、どうして僕に、何のメリットもないのに、ご飯を食べさせてくれたんですかっ……!?」
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