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言わないと伝わらない好意
いつものように会社へ行く。
いつもと違うのは、雨でもないのにあの紺色の傘を手にして出勤していた。
「今日、雨降んの?」
会社のエントランスで同期の吉田亜沙美が話しかけてきた。
「ううん。昨日借りたから今日返すの」
「へー律儀ね。…誰に借りたの?男物の傘だよね、それ」
「うん、そうだね」
エレベーターの前に私達は並んで
次に来るエレベーターを待った。
「社長の?」
「まさか。社長は傘を持たない人だから」
社長なの移動は常に車だ。雨が降ろうが、
雪が降ろうが社長には関係ない。
「あっそっか。じゃあー誰?」
「うちの会社じゃない人。詮索しないでよ。もういいでしょ」
「へー私には隠しときたいの?」
「……別に」
「まだ、こだわってるんだ?私と徳永さんのこと」
エレベーターが開いて、乗り込もうと歩き出したとき後ろから腕をひかれた。腕を掴んだのは、亜沙美だ。
「ちょっと、なに?」
「言っとくけど、あたしを恨まないでね」
そう耳元で言われた。
エレベーターの中に入る前に、その場で固まり足を止めた私を置いて、亜沙美は私の腕から手を離し先にエレベーターへと乗り込んでいく。
エレベーターの中に入り振り返ると、私の顔をじっと見る亜沙美。
挑戦的な笑みを浮かべていた。
そうこうしているうちに、エレベーターには私を追い越して、人がどんどん乗り込み私か乗るスペースは完全になくなってしまっていた。
自慢のストレートヘアをかきあげた亜沙美の左手の薬指に光るリング。
それを見ているうちにエレベーターの扉が私の目の前で静かに閉まっていった。
★★
以前、私は営業部に所属しており、その時に好きになった男性がいた。
名前は、徳永 慶太。
先輩だったし、尊敬もしていた。
あの頃、同期の亜沙美とは仲が良くて、徳永先輩のことを好きなことも亜沙美に話していた。
「告白しちゃいなよ」と亜沙美に進められて真剣に告白する言葉をノートに書いたりもしていた。
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