第壱章 冷たい花散らしの雨

2/35
222人が本棚に入れています
本棚に追加
/266ページ
 もう暦の上ではとうに春を迎えるのに、その日は朝から冷たい雨が降りしきっていた。  街を行き交う人々は両手を擦り、息を白くしていた。まったく、雪にならないのが不思議なほどの寒さである。それに風もなかなかの強さ。特に海沿いのこの街は、真新しい石造りや煉瓦造りの建物がとても多い。西洋被れの家々の間を縫うように風が吹き荒れ、人々の着物や羽織、高価な洋装に水玉模様をつくっていった。  そんな街並みの南外れ、煉瓦とアーチ状の入り口が印象的な邸宅。今日は朝から幼子の悲痛な叫びが屋敷内に響いていた。 「マミー!」  エリカ=アンジュ=サミュエルソンは舌ったらずな口で悲鳴を上げた。愛らしいヘーゼルの両目一杯に涙を浮かべ、寝台の上で寝そべる痩せ細った女性の手を懸命に握る。 「マミー、大丈夫!? ねえ、マミー!」  震える声で女性を気遣うエリカ。彼女の視界は赤く濡れている。エリカの母である彼女が大きく咳き込むと同時に、大量の血を吐いたのだ。彼女の枕元は何度も吐いては洗うを繰り返して残った血の跡が薔薇の花弁のように散らばっていた。
/266ページ

最初のコメントを投稿しよう!