第壱章 冷たい花散らしの雨

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もう暦の上ではとうに春を迎えるのに、その日は朝から冷たい雨が降りしきっていた。 街を行き交う人々は両手を擦り、息を白くしていた。まったく、雪にならないのが不思議なほどの寒さである。 そして風もなかなか強かった。特に海沿いのこの街は、この国でも漸く見慣れ始めた石造りや煉瓦造りの立派な建物の間を縫うように風が吹き荒れ、人々の着物や羽織、高価な洋装に水玉模様をつくっていった。 そんな街並みの中にある煉瓦とアーチ状の入り口が印象的な建物。今日は朝から幼子の悲痛な叫びが屋敷内に響いていた。 「マミー!」 エリカ=アンジュ=サミュエルソンは愛らしいヘーゼルの両目一杯に涙を浮かべ、寝台の上で寝そべる痩せ細った女性の手を握り、悲鳴を上げた。エリカの母である彼女が大きく咳き込むと同時に、大量の血を吐いたのだ。彼女の枕元は何度も吐いては洗うを繰り返して残った血の跡が薔薇の花弁のように散らばっていた。
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