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第一幕 告白の行方【現代編】
吹き抜けの天井を飾るのは、万華鏡のようなドーム型のステンドグラスだ。大聖堂を思わせる荘厳な建築に、繰り返し溜息が漏れた。
堂々として重厚感のある外観、美しい装飾が施された店内、かつてエレベーターは魔法の箱で、百貨店は庶民の夢そのものだった。
マリは静かに目を閉じる。
(もう、見納めかぁ)
時代の流れや老朽化で、歴史ある百貨店が次々と改築されていく。豪華な建造物は、明るくシンプルな空間へと変化していった。それでも、人の流れは複合型商業施設へと向かい、ネットショッピングで買い物は完結する。
新しい時代が幕を開けた今、百貨店が生存戦略のためリニューアルされるのは当然と言えるだろう。
(だけど、私は忘れない)
なかなかお目にかかれない高級ブランド。
特別な日に食べる大食堂のオムライス。
大切な誰かと眺めた屋上観覧車からの景色。
(あのときめきは、他の何にも代え難い)
シャンデリアの煌めきは、いつまでたっても瞼の裏から消えない。
マリは大好きな百貨店との思い出を宝箱にしまうように、そっと手元のコンパクトをさぐって折りたたんだ。
薔薇のレリーフが施されたコンパクトケースは、1970年代に流行ったデザインだった。
◆◇◆
百貨店従業員の昼休みは不規則だが、制服で働いているため就業時間中外に出ることはめったにない。というわけで。
その日、高田聖人が社員食堂で星名マリを待ち伏せしていただろうことは容易に想像がつく。
「星名さん、僕とおつきあいしてください」
(このタイミング?)
食事を終えたばかり、メイク直し前だ。これが映画の告白シーンならば、シナリオはB級だ、とマリは思った。
福利厚生の一貫、銀座栗屋の社員食堂は低価格でボリューム満点、しかもとびきり美味しい。マリは、その中でもがっつりめのA定食を綺麗に平らげたところだった。
しかし、目の前で天真爛漫な笑みを浮かべる高田は、心の機微にとことん疎いようで。
「おつきあいしてください!」
戸惑うマリに、無遠慮に手を差し出してくる。
(声が大きい、それから私とつきあいたい理由を先に述べよ)
冷静にマリは心の中でつぶやいた。
他の従業員たちは何事かと二人の様子をうかがっている。小声で、「また、高田か」と、誰かが言うのが聞こえた。
新入社員で外商という異例の配属は大失敗だったようで、すでに営業部のお荷物的存在らしい高田の噂はマリの耳にも届いていた。
仕事もまともに覚えていない高田が、職場の華(のひとつ)に交際を申し込んでくるとはまさに身の程知らず大胆不敵である。
(あきれて物も言えない)
マリは後れ毛一本ない綺麗にまとめられた髪をなでつけながら、うんざりしていた。
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