第二幕 催事場のピアニスト【昭和編】

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第二幕 催事場のピアニスト【昭和編】

 時は昭和、ラジオから流れるアメリカンポップスは、恋人の浮気を心配する女心を歌っていた。女性は可愛らしい、男性は浮気するらしい、まだそんな共通認識が当たり前にあった時代。    戦後の日本は高度経済成長期に入り、好景気が続いた。建築ラッシュ、集団就職、東京はどんどん近代化し人口も増加する。そんななか、都心部の住宅不足により郊外にニュータウンが作られはじめた。  ニュータウンのひとつ、東京の西の外れにある青空町の上空で、不思議な扉が開いたのはほんの偶然だ。  扉によって、魔法の国と人間界が繋がっているという設定は言わずもがな。突如として光の中から、黒いワンピースにロングヘアの女子が(ほうき)に立ち乗りしてあらわれたところで、気づいたのはスズメくらいであるし、さほど重要でない。 「なかなか、いいんじゃない?」  彼女が見下ろす先には、青々とした森や田畑が広がっている。たった今飛び出してきた魔法の国と、どことなく似た景色。 (大丈夫、きっとすぐに慣れる)  突風にあおられながらも、箒の上でバランスを取る。まるで波乗りをしているようなスタイルで、星名マリは化粧っ気のない顔に満足そうな表情を浮かべた。まだ幼さが残る顔から学生のように見えるが、実年齢八十ウン歳の、れっきとした魔女である。  人間界への長距離飛行は初めてながら箒の操縦もなかなかだ。ところが。 【気分悪い……酔ったみたいです】  よくよく見ると、箒の柄にぶらさげた革のトランクケースに、黒猫がしがみついている。もちろんただの猫ではないため、落下の心配はない。黒猫は、マリの使い魔、名前は(さく)という。 「ごめんね、すぐに降りるから」  マリは額に手をかざし、「たぶん、あれだよね」と、目星をつけた場所に急いで向かった。 (ツイてるかも)  気球に垂れ幕がついたアドバルーン、カラフルな屋上遊園地。マリの憧れがつまったデパートが目の前に迫る。  緑豊かな青空町も、駅周辺に限っては都市開発による建設ラッシュだった。また、しばらく行けば住宅街、こちらも所狭しと新築一軒家が並ぶ。  バスや自動車が走る大通りを避け、ビルと商店の隙間にふわりと降り立ち、マリは辺りを見回す。細い横道には、運良く人影はなかった。
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