第二幕 催事場のピアニスト【昭和編】

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「まさか、違います」 「そうか。だったら良かった。君まで栗原を好きになられては、事態が余計ややこしくなってしまう。決して栗原を好きにはならないでくれ」 「だから、違います」  マリは真っ赤になりながら否定し続けた。思慮の足りない直人はなおも続ける。 「そうかなあ。君等の年頃の女性は、恋愛か結婚のことしか頭にないだろう? マリさんだって恋人が欲しいに決まっている」  何より直人の女性像は甚だしく偏っていた。 「欲しくない、と言えば嘘になります。だからと言って、恩人である藍子さんを悲しませるようなことするはずがありません。だから、ご心配なく」 「マリさん、君はいい人だ」  単純な直人はマリの言葉をそのまま受け取り、さらに馴れ馴れしく肩に手を回そうとする。  それをさっとかわし、マリは言った。 「私たち、朔……いえ、猫を探しているんですよね?」 「猫を探すくらい、どうってことない。俺はこの辺のボス猫と知り合いなんだ。あいつに頼めばすぐにでも黒猫の一匹くらい見つけられるよ」 「嘘つき」  いい加減な直人に、マリは付き合いきれなくなっていた。 「嘘じゃない」 「直人さんに見つけられるはずないわ」 「じゃあこうしよう。俺がマリさんの猫を見つけたら」 「見つけたら?」  直人は顎に手をやりしばらく考え込む。 「見つけたら、マリさん、俺と交際しよう」 「交際?」 「結婚を前提とした男女交際だ。文句はないだろう?」  自信たっぷりな直人に、マリは唖然とする。 「遊び半分でそんな大事なこと決められません」 「人生なんてゲームみたいなもんだろう? そうだ、ゲームだよ。猫探しゲーム、スタート!」  そう言って、直人は駆け出した。 「さっさと見つけて、俺はマリさんと交際するからな!」 「ちょっと待って下さい!」  直人に朔を見つけられるはずがないと分かっていても、マリは慌ててしまった。 (私が、直人さんと?)  ひどく呆れて、少しドキドキした。  もちろん本気で信用などしていない。こんなのただの遊びだ、いずれ笑い話になる。マリは元来、成り行き任せのところがある。人生はどうなるか分からない。だったら楽しむほうがいい。  そんなマリだからこそ、直人の生き方を完全否定することはできなかった。 【マリさん、いい加減にしてください。こっちの身にもなってくださいよ】  朔の声がした気がして振り返るが、赤い鳥居すらもう森に隠されてしまう時間だ。細い路地にも、ただ暗い闇が広がっているだけだった。 第二幕 終
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