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第三幕 恋におちた魔女【現代編】
長袖がちょうどいい、涼しい夏の日。
網戸から入る風を受けて、窓際に吊るしたスワッグ(壁飾り)がカサカサと音を立てている。ドライハーブの中で揺れているのは錆びた釘だった。
スワッグに妖精避けの釘を忍ばせるのは、ならわしだ。魔女の掟、でもある。
「デパートに妖精がいなくて良かった」
おしゃべり好きな妖精を苦手とする魔女は案外多い。
マリは薔薇の化粧水をたっぷり染み込ませたフェイスパックをして、ベッドに仰向けになっていた。スマホも見ない。水晶玉には布をかけた。
ゆったりした時間を持つのが、マリにとってなによりの贅沢だ。
【お休みの日も、デパートですか】
マリの使い魔である黒猫の朔が、床にひろげたファッション誌を眺めながら、呆れたように言った。
「そうね。私の場合、趣味と実益を兼ねているの」
過去には、好きなことは仕事にしないと言った人がいた。
(懐かしいな)
昔を思い出し感傷的になることもあるけれど。結局、自分は魔女だから、という結論に至ってしまう。いつもその繰り返しだった。
【そんなにいいものですか。あんなに人間がうじゃうじゃいるところ】
朔は妖精よりも人間が苦手である。
厳しいと言われる小売業ではあるが、日本の百貨店は業態を変えつつ百年以上生き残っている。また、接客業を希望する就活生からは依然人気だ。ましてや、あの華やかなウィンドウディスプレイに気分が上がらないはずがない。
マリにしては珍しくショーウィンドウをスマホで撮影までしてしまった。
(マスタードイエローのドレス、素敵だったな)
即ち。
「デパートはときめき。人生にときめきはなくてはならないものだもの」
マリは自信満々に言う。
(ときめき、だなんてこの歳で恥ずかしげもなく言ってしまった)
素の自分を見せられるのは今や朔の前だけだ。
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