第一話 エピローグから始まる物語

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魔王が倒れてから幾十年。 戦いは終わってヒーローはこの星を去り、人々は再び安寧の時を迎えるかに見えた。 だが、魔王が倒れたとてその遺産が消えたわけではない。 かつての魔王軍が作り出した巨大兵器、ロボット怪獣が今度は人……犯罪組織によって製造、売買されて紛争、テロ、犯罪などに投入されていた。 未だ消えない悪のロボット怪獣の脅威に対し、人々は防衛組織ガーディアンを結成。 怪獣の圧倒的な力に対抗すべく、人の手で造られた新たなる巨大ロボットヒーロー、ヒロイックロボが開発された。 こうして人々は、ガーディアンとヒロイックロボによって維持される表面上は平和な日々を送り続けていた。 車のタイヤが地面を切りつける音。 ゴミを漁りにやってきたカラスたちの群れの鳴き声。 コンクリートとアスファルトで囲まれて、所々に緑が散りばめられた見るべき所もないありきたりな街並み。 何一つ変わったところのない、平穏な街を歩く制服姿の高校生の少年が一人。 「そっちいくよー!」 「はーい!パスパース!」 学校で部活に励む少女たち。 「くらえ!ラスターソード!」 「やったな!ならこっちはラスタービーム!」 公園でヒーローごっこに興じる子供たち。 それらを一瞥しながら少年は変わり映えのない帰路を歩き続ける。 「いらっしゃいませー」 道中、コンビニに寄って100円のお茶を手に取りレジの店員に手渡す。 「あ、あと肉まん一つ」 「220円になります」 そして小銭を出しレジ袋を受け取ると、店員に背を向けてコンビニを後にした。 「ありがとうございましたー」 肉まんの包を開け、半分に割ると一気に湯気が立ち上がる。 手に伝わる温かさを感じながら、少年は肉まんを頬張り小腹を満たすと紙の包みを捨ててボトルのお茶を飲みながら再び歩き出した。 「よう、ソウタ。帰りか?」 そんな彼に、後ろから背丈の高い少年が駆け寄って話し掛けた。 「カズマか。うん、今から帰るところ」 「じゃあ一緒に帰ろうぜ。途中まで一緒だろ?」 「わかった」 少年、ソウタはそうして友人のカズマと合流すると再び街の喧騒の中を歩き出す。 そして駅前。定期券で改札を通り抜けると二人はベンチに腰掛け、カズマはスマートフォンを触り始めた。 「何調べてんの?」 「怪獣の出現情報。そういうまとめサイトがあるんだよ」 彼が調べているのは災害のように報道されるこの世界の日常の中に潜む非日常、怪獣の情報。 魔王が打ち倒された今尚、こうした脅威が人々を脅かしているのだ。 「好きだなぁ」 「だってさ、かっけぇだろ?ヒロイックロボ!」 だがそれに対して立ち向かう者たちもまた存在している。それ故に、この世界は一応の平和は保たれているのだ。 『二番線に、到着の電車は……』 「来たよ」 「おっと」 話しているうちに待っていた電車がやって来る。 二人はそれに乗り込むと、話の続きを始めた。 「でさ、話あんだけど……」 「ん?何?」 「ヒロイックロボのショーのチケット、手に入ったから一緒に行かね?」 カズマが手に入れたというのは、怪獣相手にヒーローとして立ち向かう者たちが宣伝の為に開くイベントのチケット。 実際のところかなりの人気で、取ることはなかなか難しいのだがなんとか二枚確保する事ができたようである。 「ゲームでしかよく知らないからなぁ、俺」 「十分だって!ファルガンの実物が来るってよ」 「実物か……。悪くないかも」 ソウタの知識はゲームセンターに置かれたゲームくらいのものだが、それでもヒーローとして活躍するロボットの本物が見られると知り行くことを決めた。 「じゃあ決まりな!明日、新ヶ浜(にいがはま)の駅前東側で待ち合わせでいいか?」 「細かい場所は電話してくれ」 「ああ」 こうして翌日、土曜日の予定が決まった。 『特急との連絡待ちです。暫くお待ちください』 「で、お前はどの機体が好きなんだ?」 「えーっと……」 そして電車が止まっている間、彼らはまた別の話に花を咲かせる。 いくつかの種類があるロボットのうちどれが好きかという他愛のない話題。 「やっぱソードかなぁ。よく使うし」 「ソードのエース機?それとも量産機?エースもいいけどやっぱソードのカラーリングは量産機だよな!」 色合いの違いなど興味のない人間からすれば大したことの無いことに思えるが、好きならばそんな事でも盛り上がれるのだ。 『間もなく三番線の各駅停車が発車します。閉まるドアにご注意ください』 そうこう話しているうちに、ようやく電車のドアが閉じて再び走り出す。 「ごめん、そこまでは語れない」 「おま、それでも男かよ!」 「そこまで言うか!」 ちなみにソウタには色の違いまで語れるほどの知識はなかった。 『間もなく……』 「あ、次で降りるわ」 「それじゃまた」 「じゃあな」 そして程なくして着いた駅で、カズマは一足先に電車から降りていった。 「明日か……」 十数分後。 「はぁ……」 家に着いたソウタはリビングに入るや否や鞄を床に放ったらかしにしてソファに座り込んだ。 「テレビでも付けるか」 『本日午前11時26分、愛知県名古屋市に怪獣が出現。ガーディアンが派遣したヒロイックロボ、ファルソードがこれを撃破しました』 「また怪獣か……」 そして何気なくつけたテレビに映ったのは、爆発を背に佇む緑色の差し色と白のヒーロー然とした、しかしミリタリー色も抜けきれない姿の巨大ロボットだった。 これこそが今尚続く怪獣の脅威に立ち向かう正義の巨大ロボット、ヒロイックロボである。 『軽傷者42名、重傷者8名の騒動となりましたが幸い犠牲者は出ておらず、負傷者も命に別状はなし。ガーディアンの迅速な対応に称賛の声が数多く出ています』 『怪我人は出たけどよくやったと思うよ?』 『かっこよかったー!』 街で巨大怪獣が暴れ回って被害はたったの怪我人50人。 怪獣が現れる事に人々がある程度免疫があり冷静に避難しているというのもあるが、それでもこの程度の被害に抑えられているのはヒロイックロボの活躍あってのものだろう。 「ヒロイックロボ……」 これまでは何気なくニュースで見て、時々ゲームセンターで遊んでいた程度のヒロイックロボだった。 実物を見に行くというのが明日に控えていると思うと、ソウタもこうしたニュースに興味を抱かずにはいられなかった。 「お兄ちゃん!」 「どうしたんだ、マドカ」 そんな彼に、後ろからかけられる快活な少女の声。 振り向くとそこには、ツーサイドアップの茶髪の可愛らしい少女が。 彼女はマドカ。両親が海外出張の中始めた家事を半ば趣味としている、ソウタの小学生の妹である。 「お買い物行ってくるからお米洗っておいてね!よろしくー!」 「わかったよ。行ってらっしゃい」 時間は夕方。目当てはタイムセールだろう。 友達と遊ぶのは土日で、平日はスーパーのタイムセールに行くのが楽しみだという少し変わった妹を見送ると、ソウタは立ち上がって炊飯釜を取り出した。 「今日はハンバーグだったな。4合でいいか」 そして米を洗って炊飯器に入れて炊飯ボタンを押すと、またソファに座ってテレビに目を向けた。 『怪獣被害の続報です。建物17件が半壊もしくは全壊し、被害総額は……』 先程の怪獣事件の続報がニュースで流れる。人的被害はともかく、物的被害はやはり大きいようだ。 チャンネルを切り替えてみる。 『やっば、これめっちゃ美味いやん』 関西弁で食レポをする芸人が映る。グルメバラエティ番組だろうか。 チャンネルを切り替える。 『明日の天気です。東京は晴れのち曇』 天気予報。悪くはない天気だ。 切り替える。 『きらりーん!魔法少女プリティみるるん参上!』 子供向けの魔法少女アニメの再放送。変身中に裸になる演出は今の夕方作品にはなかなか見られないだろう。 切り替える。 『世間を騒がせたテロ組織の一つ、IESが本日未明壊滅したとの情報が入りました。現地では未確認の……』 海外でテロ組織がひとつ壊滅などという物騒なニュース。 結局見たい番組は見つからず、チャンネルを怪獣の報道に戻した。 『本日は怪獣専門家の司馬ジロウさんにお越し頂きました』 『よろしくお願いします』 どうやら丁度怪獣専門のコメンテーターが出てきたところのようだ。一見するとただの中年男性にしか見えない。 『そもそも怪獣とは昔のような生物ではなく純粋に機械で造られた兵器であって、認識としては災害ではなくテロが正しいかと……』 そんな彼が解説する怪獣。 実はそれは魔王がいた頃とは異なり全て機械、即ちロボットであり何者かによって人為的に放たれているのだという。 その為、正式には今世間を騒がせている怪獣はロボット怪獣と呼ぶのだが怪獣でも通じてしまう為あまり普及はしていないのだ。 「お兄ちゃんただいまー」 「あぁ。おかえり」 二十分ほどすると買い物を終えたところのマドカが帰ってきた。 両手には袋いっぱいの野菜や肉類、調味料など。小学生の少女にはやや重い荷物だが、それでもご満悦の様子である。 「持っていくよ」 「ありがとっ!」 そして二人で協力して荷物をキッチンに運ぶと、マドカはついたままのテレビに目を向ける。 「怪獣のニュース?名古屋だっけ。怖いねー」 「できれば会いたくはないね」 そんな会話を交わす二人。 怪獣騒ぎなどテレビの中の出来事で、彼らの周りは至って平和だった。 少なくとも、今日この日までは。
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