第六話 久遠の夢

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その後少しだけ街を回り、最後に来たのは二人が初めて出会った高台の公園だった。 「付き合ってくれてありがとう。楽しかった……」 「それはいいんだ。けど……」 ここまで案内してくれた礼を言うクオン。だがソウタの中には何か引っかかるものがあった。 「なんで君は、そんなに悲しそうな顔を……」 楽しかったと言う割には、クオンの表情は心から笑ってはいなかった。まるで何かの感情を押し殺して、無理に笑っているようだったのだ。 何故と問うソウタに、クオンは答える。 「死ぬしか、ないから。私が生きてたらみんなが不幸になる。みんなだけじゃない、私自身も……」 「死ぬしかないって、どういう……」 「私、呪われてるから。世界中のみんなを不幸にする呪い……」 だがソウタにはクオンの言う意味が理解できなかった。彼女が死ぬ事を強いられる程の、世界中の皆を不幸にする呪いというものの存在が。 「だから、そうなる前に私は死ななきゃいけないの」 「呪いって、そんなのって……!」 「私ね、天国に行きたいの。肉体を脱ぎ捨てた人が行き着く、永遠の楽園に……」 そしてクオンは願っていた。いつかその呪いから解放され、楽園に至る事を。 「生きてたってどうしようもないけど……天国になら、私の幸せもきっとあるはずだから……。お父さんとお母さんも、きっとそこに……」 「天国だなんて、そんな……」 「天国なんてない。それは、幸せな人の理屈……」 天国なんて幻想だと、そんなソウタの考えをクオンはそう切り捨てる。 「紛争、貧困、飢餓……。どう生きたって、幸せになんてなれっこない人たちもいるんだよ。天国っていうのはね、そういう人たちにとっての最後の希望なの」 戦争に巻き込まれて家族も自分の人生も、全てを幼くして失った彼女は信じるしかなかったのだ。天国という名の救いの存在を。 「だから私は正義の味方になろうとした。そうすれば、天国に行けるって信じて……」 「正義の味方って……」 「こんな自分勝手なヒーロー、天国に行けないかもしれないけど……それでもせめて、苦しまないで消えてなくなれたらいいなって……」 「そんな考え……そんな生き方、悲し過ぎる!」 正義の味方。ヒーロー。また彼女が何を言っているのか分からなかったが、そんなソウタでもこれだけは理解できていた。クオンのような年端もいかない少女が選んでいい生き方ではない事は。 「君がどんな生き方をしてきたのかも、君の言う呪いが何なのかもわからない!けど、死ぬ事を希望に……死ぬ為に生きるなんて、君みたいな優しい女の子がそんな……!」 暗い闇の中で生きる彼女を光の世界に引き込もうとソウタはなんとか説得しようとする。 『GRAAAAAAA!』 その時、高台の下の街にそれは現れた。 「あれは……怪獣……?」 凍結ロボット怪獣フリグラース。 全高29m、重量750t。 絶対零度の冷気を操り、この世のありとあらゆるものを凍らせてしまうロボット怪獣である。 「ありがとう、ソウタ君」 怪獣フリグラースが現れた瞬間、クオンの目つきが変わった。 「クオン!君は!」 「待ってる。あなたが私を殺してくれる日を」 そしてクオンはソウタにそう言い残すと、彼に背を向けて高台の崖から飛び降りる。 その瞬間辺りに突風が吹き荒れ、咄嗟にソウタは近くの街灯にしがみついた。 「これは……ファルブラック……!?」 直後、崖の下から現れたのは黒いヒロイックロボ、ファルブラック。開いたそのコクピットに見えたのは、クオンの姿だった。 「またね。次顔を合わせる時は、私はきっと……」 「クオン、行っちゃダメだ!クオンッ!!」 ソウタは叫び、止めようとするもクオンはコクピットのハッチを閉ざし、ファルブラックは敵怪獣へと一直線に向かって行った。 ついにソウタは知ってしまった。ファルブラックのパイロットの正体を。そしてようやく悟った。自分がクオンに抱いていた感情が何なのかを。 「御法川さん!」 そこから先は迷いはなかった。すぐに彼は携帯電話を取り出し御法川へと電話をかける。 『分かっている。合流ポイントを送信した。急いでそこに向かってくれ』 「わかりました!」 そしてメールで送られてきた地図を頼りに、全速力で走って合流地点の交差点へと向かう。 「クオン、君は絶対に俺が助ける……!」 ついに見つけたのだ。たった一つの、一番守りたいものを。 故に走る。街の平和などの為ではない。たった一人の少女を守る為に。
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