第八話 そしてここから

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第八話 そしてここから

 いつもと変わらない街並み。  いつもと変わらない服を着て、いつも通り人々が通り過ぎていく。  そんな何も変わらない当たり前の毎日。  しかし黒曜旅団の宣言と、関東支部壊滅を皮切りに多発した、超空間ゲートを用いた奇襲攻撃による各地のガーディアンの壊滅で、その景色は崩壊の道へと向かいつつあった。  明かりが消えたビルや店の数々。  怪獣の襲来と、人々の暴動で荒廃した街並み。  当たり前の日常は、音を立てて崩れ落ちていく。  そしてガーディアン関東支部崩壊から二ヶ月。 「雨……」  雨が降る荒れ果てた街の中、傘を差して一人フウカは呟く。  行き交う人々の会話も、アスファルトを切り裂くタイヤの音も、はしゃぎ回る子供たちの声も、全てが雨音に掻き消えた。 「なんで、こうなっちゃったんだろ……」 『東京都渋谷区で市民による暴動が続いています。現在確認できる死傷者の数は……』 「ひっど……」  ネットニュースを見ても暴動の話ばかり。 明るい話題を探そうにも、そんなものを発信する余裕など今は誰にもなく過去のコンテンツを頼りに平和だった頃を懐かしむしかなくなっている。  これが、ヒーローを失い怪獣の恐怖と不安に人々が支配された結果だった。 「おいフウカ、こんな所で女一人じゃ危ねぇぞ」 「そんなの、今じゃどこでも一緒でしょ?」  そのような状態で尚外に一人というフウカに見かねて、カズマが声をかける。  実の所フウカの言うようにどこでも危険なのだが、そのような事を言っている場合ではない。 「まーだこんな女が残ってたとはなぁ!」 「おいおい嬢ちゃん、誘ってんのか?」 「違いねぇ!」 「一緒に俺らと遊びに行こうぜェ!」  フウカという可憐な女子高生を見つけて、続々と寄ってくる荒くれ者たち。  ある物は手に武器を持ち、彼らはフウカを脅すように迫ってくる。  カズマの言うように、これが今のこの国の現実なのだ。 「やだ」  しかしフウカは平然と彼らの脅しを、何を言っているんだこいつらはと言わんばかりに突き放した。 「やめとけお前ら」 「なんだてめぇ」 「こいつは俺の連れだ。手出すなよ」  そしてそんな彼女を庇うようにカズマは一歩前に出て拳を構える。 相手が鉄パイプなどといった武器を持っている以上確実に勝てる自信はないが、それでもフウカを守る為にカズマは戦う事を決心していた。 「連れだかなんだか知らねェが、話してんのは俺たちだ。部外者はすっこんでろ!」 「ぐっ!」 「カズマ!」  先手を打ったのは荒くれの方だった。その中の一人が駆け出し、カズマの腹を殴りつけ拳が突き刺さる。 「先に手ェ出したのはお前らだからな! 恨むんじゃねぇぞ!」 「へぐっ!?」  直後、カズマは殴りかかってきた男の顎に強烈なアッパーを叩き込み、舌を噛ませてノックアウトした。 「こンの野郎ッ!」 「おっと危ねぇ!」  それを皮切りに、次々と荒くれたちが襲いかかる。  振り下ろされた鉄パイプを鞄で防ぎ、鳩尾や股間といった急所を狙って一撃でのノックアウトを狙っていく。その戦い方で、カズマは辛うじて一人で複数人と渡り合う事が出来ていた。 「ねぇ、なんか武器ある?」  そんな中、カズマばかりに戦わせている事を気に病んだフウカは戦う為の武器がないかをカズマに訊ねる。 「こいつらが持ってた鉄パイプだ」 「えー、ださーい。日本刀とかないのー?」 「あるわけないだろ」 「んじゃ重いし傘でいいや」  気に入る武器がないと決まれば手に持っていた傘を閉じて武器にして、フウカもまた喧嘩の中に飛び込んでいく。そして……。 「必殺! 鼻血ロケーット!」  荒くれ者の鼻の穴目掛けて傘を突き刺し、一撃でノックアウトしてみせた。  フウカの攻撃を食らった荒くれ者は、鼻を押さえながら悶えているが鼻血は出ていない様子。どうやらフウカの想像通りとはいかなかったようだ。 「えっげつねぇ……」 「加減したら負けるし」  あまりにも容赦のない攻撃だが、成人男性の相手に対しフウカは女子高生。彼女の言うように、加減をしていてはとても敵わないだろう。 「でも所詮不安に駆られてチンピラごっこで発散してる奴らだ。喧嘩慣れしてないのは俺らと同じだな」  だがいくら荒くれ者とはいえ、相手はいつ怪獣の脅威が襲い来るとも知れない状況の中で不安と恐怖から暴走した人間である。喧嘩に関しては、カズマたちと同様素人同然だった。 「それにしてはカズマ、上手くない?」 「こんなご時世だからな。ネットで調べた」  そしてカズマは、こうなる事を想定してインターネットで人間の急所の突き方を調べていた。ここが、カズマが荒くれ者たちを圧倒できた力の差の正体である。  倒した相手の持っていた鉄パイプをカズマが拾う。  鉄パイプを手に構えたその時、相手の男のうちの一人が凶器を持ち出した。 「調子に乗ってんじゃねぇぞゴラァ!!」 「マジかよ!」  持ち出されたのは、刃渡り20cm程の包丁。ここに来て本気で殺しにかかってくるという展開に緊張しながらカズマは身構える。そして…… 「死にさらせェ!」  包丁の先を向け、男が突っ込んでくる。覚悟を決めるしかない。そう思いながらカズマが強く鉄パイプに力を込めたその時だった。 「くだらない事を」 「なんだこの男……ぐおっ!?」  気配もなく、突如現れた30代ほどの銀髪の男がポケットに手を入れたまま、包丁を持った荒くれ者を軽々と蹴り飛ばしたのだ。 「ざけやがって!」  直後に荒くれ者がもう一人、ナイフを手に銀髪の男に襲いかかる。 「所詮一時の衝動に駆られただけの俗物……」 「ぐあぁっ!!」  だが銀髪の男はその攻撃をひらりと避け、一瞬で後ろに回り込みうなじに手刀を叩き込んで一撃で気絶させた。 「相手にするまでもない」 「こんな奴相手にしてられるか! ずらかるぞ!」  まるで映画やアニメのような、現実離れした圧倒的な強さ。  銀髪の男のその力を目の当たりにした荒くれ者たちは、次々と恐れをなして逃げ出していったのだった。 「あ、ありがと……」  その後、助けてもらった礼を言うフウカ。しかしカズマは、その男に只ならぬ何かを感じていた。 (ぜってぇやべぇぞコイツ……!)  この男は危険だと、彼の勘が告げているのだ。 「旅団長閣下。例の怪獣の準備が出来ました」 「そうか。よくやってくれた」 「まさかてめぇ……!」  そんな中、銀髪の男の元にやってきた女が告げた言葉から、カズマは男の正体に気が付く。 「てめぇ、黒曜旅団のボスか!」 「ちょっと、マジ……?」  何故このような場所にいるのかはわからない。  だが印象的な銀髪に旅団長、怪獣という言葉。そう、この男こそが黒曜旅団の首領だったのである。 「だとしたら、どうするというのだ」 「ぶっ倒すッ!!」  日本のガーディアンを壊滅させ、ソウタに重傷を負わせ、この国を荒廃させた主犯が目の前にいる。  今こそそれを倒すまたとない機会だと、カズマは鉄パイプを手に銀髪の男に向かっていく。 「虚しいな」 「ぐあっ!?」  だが対する男は、カズマが鉄パイプを振り下ろすよりも速く懐に潜り込み、無防備な腹を殴りつけダウンさせた。 「大丈夫!?」  直後、慌ててフウカはカズマの元へと駆け寄る。そして腹を抑えて(うずくま)るカズマを見下ろしながら、男は告げる。 「覚えておくといい、少年。正義などでは、本当に救うべきものを救えなどしないという事を」 「どういう……意味だ……!」 「それで救えるのは、恵まれたほんの僅かな人間だけだ」  銀髪の男はそう言い残すと、女と共にカズマたちに背を向けて去っていった。 「待て!」 「無茶しちゃダメ!」  そして後を追おうとするカズマだったが、フウカに制止されてその足を止めた。  追おうとしたのは、銀髪の男を倒したかったというのもある。だがそれ以上に理解出来なかったのだ。正義を否定しながら、まるで誰かを救おうとしているかのような言葉を残した男の、その真意が。 「救うべきものを救えない……か……」  降り注ぐ雨の中、カズマは呟く。  正義では救えないもの。それが何なのか、今の彼にはそれを理解することは出来なかった。
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