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『KAMAGIRAAAAAA!!』
緑色をベースにした毒々しいカラーリング。
両手に取り付けられた鉈のようなブレードにカマキリのような姿。
その姿はまさに悪役と形容するのが相応しく、とてもヒーローには見えなかった。
「え、何?怪獣?」
「ショーの演出かしら」
「戦闘の実演までやってくれんのかよ、すげぇな」
しかし人々は未だ落ち着いていた。
何故なら皆この時は思い込んでいたのだ。
現れたのがショーの演出用の怪獣だと。この瞬間までは……。
「きゃあぁぁぁぁぁ!」
突然怪獣の目から光線が放たれる。
怪光線は演出などではなく本物の街を焼き、大爆発を引き起こした。
それと同時にあちこちのサイレンが鳴り出し、怪獣の出現を告げる。
「怪獣警報!?じゃあ、あいつマジモンかよ!」
「そんなっ!?」
この瞬間、当たり前の日常は一転して非日常と化した。
『GIRAAAAAAA!!』
斬撃ロボット怪獣カマギラー。
全高25m、重量700t。
目から怪光線を放ち、警戒な動きと両手のブレードで襲い掛かる、パワーとスピードを兼ね備えた怪獣である。
「イベントは中止です!皆さん、落ち着いて係員の指示に従って指定の場所に避難してください!」
突然の怪獣の出現でイベントは中止。
広報担当で、戦闘訓練を受けていないパイロットもファルガンから降りて誘導に加わり、観客やショッピング客の一斉避難が始まった。
「なんでこんなことに……」
「ほら、お前も逃げるぞ!」
「あ、ああ」
先に避難した人々に続いてソウタとカズマも席から立ち上がり、避難し始める。
「あいつ、こっちに向かってないかな」
「おいおい冗談だろ!?」
だが怪獣は海を目指しているのか、広場側へと向かってきている。
このままではいずれ追いつかれてしまうだろう。
「避難場所は?」
「港の地下!怪獣がタンカーを襲った時の為に作られた防爆シェルターだ!」
「よし、それならきっと……」
それでも決して遠くはない。目的地の防爆シェルターまで逃げ切れば助かる見込みは大きく上がるだろう。そんな希望を持ったその時だった。
『KAMAGIRAAAAA!』
「うわぁっ!?」
カマギラーの放つ怪光線が彼らの遥か先を突き刺し、爆発を巻き起こす。
「クソっ……!」
「こんなところまで!」
「怖いよママ!」
怪獣の攻撃に怯える人々。既に怪獣の攻撃の届く場所にいるという恐怖から立ち止まる人も少なくない中、ソウタとカズマは爆発した場所を思い起こす。
「カズマ、あの先って避難してる人たちの最前列が……」
そう、今の攻撃で爆発したのはシェルターへ向かう進路上。当然そこには大勢の人がいてもおかしくない。
「いや、それならもっと騒ぎになってるはずだ」
「よかった……」
だが犠牲者が大勢出たにしては、まだ騒ぎは落ち着いている。もし死者が出たのならば、今よりもさらにパニックになっていてもおかしくないだろう。
そうした事からひとまず安心する二人。しかし……。
「避難が止まった……。まさか!?」
ここまでは順調に避難が進んでいた人の流れが、突然ピタリと止まってしまう。
「今の攻撃で道が塞がれてしまいました!申し訳ありませんが避難場所を変更します!」
「嘘だろ!?」
攻撃されたのは恐らく何かの建物だったのだろうか。この先の道が先の攻撃の影響で、瓦礫で塞がってしまったらしい。これでは避難場所のシェルターに行く事はできない。
「このあたりの他の避難場所って……」
「アレの地下しかねぇよな……」
残された避難場所は、ショッピングモールの地下三階駐車場。
『KAMAGIRAAAAA!』
一応はシェルターとしての機能も持たされているが、その肝心のショッピングモールは今カマギラーに襲われ破壊されている真っ只中。とてもその地下に避難しようと思える状態ではなかった。
「お母さん、ファルガンは?ファルガンなら勝てるよね?」
「あのファルガンはお祭り用だから……」
絶望的な状況下で、少年たちは思い起こす。つい先程まで、夢を見せてくれた巨大な深緑のヒーローを。
その機体は戦闘用ではなく、パイロットもイベントスタッフでしかなかった為戦える態勢ではなかったのだが、そんな事など子供たちにとっては知る由もない。
「カズマ。確かあのファルガン、動くよね」
逃げゆく道の中、ソウタは立ち止まって後ろを振り返る。
その視線の先にあるのは、置き去りにされたファルガンだった。
「まさかお前……!」
「アレで他のヒロイックロボが来るまで時間を稼げないかな」
「バカかお前、あんなのどうにかなるわけねーよ!」
「大丈夫、逃げるだけだよ」
ストレス発散にゲームで多少操作したことがあるだけの素人がいきなり怪獣を相手にするなど無茶なのだろう。
だがカズマも分かっていたのだ。このまま逃げていても、確実に助かるとは言えない状況だということが。
「あーもう、この状況じゃしゃーねーか!戻るぞ!」
「ごめん、付き合わせて」
「後でなんか奢れよ」
結局二人は人の流れに逆らい、来た道を引き返すことに。
速く、もっと速くと走る二人の前に見えたのは、倒れた自転車とその近くで蹲るミニスカートを履いたギャル風の少女だった。
「痛っ……怪獣とかマジねーわ……」
「女の子!?」
恐らく慌てて避難しようとして転んでしまったのだろう。足を怪我したのか、歩けないでいるようだった。
「こっちは任せろ!お前はファルガンに!」
「分かった!」
彼女の事はカズマに任せ、ソウタは一直線にファルガンの元へと向かう。
「ファルガン……動かせるか……?」
そしてその前に立つと、昇降用のワイヤーでコクピットへと上がっていった。
「操作はゲーセンと同じか。逃げるだけなら、やってみせる!」
乗り込んだコクピットのレイアウトはゲームセンターの筐体と同じ。恐らく一般市民から搭乗者が出る事を想定されていたのだろう。
実際の意図はわからないが、今のソウタにとっては好都合だった。
「動け、ファルガンッ!」
『ファルガン、通常モードから戦闘モードに移行します』
シートに座り、切り替えレバーを倒した。
『セーフティシャッター作動、モニター展開。エネルギーライン全回路接続。火器管制システムの安全装置を解除。データリンク開始』
コクピットが閉じ、その裏の何重ものシャッターも閉じて上から目の前にメインモニターが降りてくる。
同時にサブモニターも一斉に点灯し、機体の状況が映し出された。
『電圧正常。油圧正常。イジェクションシート、パラシュート共に正常。スーパーイオンバッテリー出力、80%で安定』
肩の上の操縦桿を握り、呼吸を整える。
目を閉じて深呼吸し、緊張で早まる鼓動を抑える。
そして力を込め一気に操縦桿を手元に引き下ろすと同時に、ファルガンの赤い目が輝いた。
『ウェルカムヒーロー。ファルガン、戦闘モードで起動しました』
深緑の機体は力を込め、ゆっくりと立ち上がり敵を見据える。
敵はカマキリのような怪獣カマギラー。
戦いの火蓋は、切って落とされた。
「お前の相手はこっちだぁぁぁぁ!」
道端の街灯を一本引き抜き、投げつけるファルガン。
カマギラーに命中する。ダメージはない。
だがその一撃でカマギラーはファルガンを認識、注意はそちらへと向いた。
これこそがソウタの狙いである。
「よし、来た!」
怪光線を放ちながら迫るカマギラー。
ソウタはそれを一発一発慎重に避けながら、距離を取りつつ避難民とは逆方向に向かい注意をひきつける。
『やめろ、降りるんだ!イベント用のファルガンでは無理だ!』
戦っている筈のないファルガンが動いている事に気付いたのか、通信機から男の声が響いた。
何せこの機体はイベント用に持って来ていたもの。性能こそ同じとはいえ、バーニアの推進剤が安全の為に抜かれている上に丸腰というハンデを背負った状態である。
「ガーディアンの人ですよね。そちらの機体が到着するまで俺が時間を稼ぎます」
『誰だ、乗っているのは!』
「後で話します!」
そうは言うものの、確実に時間を稼げる自信はない。
だが上手くいけば、被害は最小限に抑えられる。それで救える命も計り知れないだろう。
『KAMAGIRAGIRAAAAA!』
「来た……!」
咆哮を上げ、カマギラーが一歩、また一歩と迫る。
『名古屋の事後処理のせいで機体を送るのは時間がかかるが、武器だけでも出来る限り早くそちらに送る。すまないが、多くの市民の命……しばし君に託そう』
「ミスっても責任取れませんからね!」
バーニアも武器も使えない。勝とうと思えば勝ち目のないような状況下で、ファルガンは人々の命を守る為に今駆け出す。
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