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今の僕は、香奈との思い出が、大切なものとは思えなくなっていた。
「ヘルメスさん。僕は記憶のすべてをもらう資格がないんです。僕と香奈はもうダメなんです…」
そうあの欲深なきこりのように、「僕がなくしたのはその金の記憶だ」と、嘘をついてでもしたたかに金を欲しなければ、僕は香奈をしあわせになんかできやしない。
「僕は金の記憶の価値がわからないダメなやつなんですよ、ヘルメスさん……」
するとヘルメスはやっぱりニッコリ笑って言った。
「我が名はヘルメス。わたしは夢と眠りの使いでもあります。わたしはまず、あなたに休息を与えます。あなたには休息が必要です」
その言葉はまるで催眠術のように、僕は眠りに落ちていった。
「……あの、ヘルメスさん。香奈との出会いの記憶を、あれを金だと言ってくれてありがとう…」
ヘルメスは最後にこう言った。
「悩める正直者に、金と銀、それからなくした今日の記憶のすべてを与えます」
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