新しい職場

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 それから急きょ、俺は東京ブレインの契約書にサインをすることになった。その時に見せた身分証で本当は十八歳だったこともバレて(別にいいんだけど)、義次さんに「昨日の客にプレゼント返せよぉ」と頭を滅茶苦茶に撫で回された。  仕事内容についても詳しく聞かせてもらった。  DVDを媒体にするAV業界とは違い、この会社は完全にインターネットでのダウンロード販売のみになっているらしい。会員制のサイトで、動画や画像を落とす度にそれぞれポイントが必要となる。自分が出演した動画がダウンロードされれば、その数によって給料が出る、固定給とは別に歩合が付く仕事なのだという。その辺は売り専と少し似ていると思った。  だいたい今は十人くらいのメインモデルが所属していて、みんな固定のファンが付いているらしい。もちろんダントツ人気は雀夜で、女性ファンもいるのだとか。 「客は贔屓のモデルの新作動画や画像は必ず買ってくれる。基本的に二人で出演したら売上半分、三人なら三分の一ずつだ。出演した動画にメインモデルがいる場合は、多少の移動はあるけどな」 「へー。じゃあ雀夜とコンビ組んでる遊隆は得じゃん。必ず売れるんでしょ?」  つい皮肉っぽく言ってしまった。松岡さんが苦笑して、ペンを指の中で回す。 「多少は、な。でも遊隆にも結構な人数の客がいるんだぞ」 「そうなんだ。じゃあ俺は取り敢えず遊隆を超えるところから始めようっと」 「まぁ頑張れ。今のとこはネコ同士だから遊隆とはライバルだな」  そして俺は履歴書をその場で書き、顔写真と全身写真を撮られ、身長体重を測られた。名前はそのまま、「桃陽」でいくことになった。その方がネットで検索してもらえる率も高い。 「そういえばモデルの人達もみんなモデル名使ってるんだよね。雀夜の本名は、何ていうんだろ」  呟くと、正面のソファに腰かけていた松岡さんが書類に目を落としたままで言った。 「雀夜は漢字が違うだけで、本名と同じだ。ちなみに相方の遊隆もな」 「へぇー」  ユタカの漢字はだいたい想像できるが、サクヤなんて名前は珍しいから気になった。 「雀夜の本名って、どういう字書くの?」  更に質問すると、松岡さんは無言で書類を裏返してペンを走らせた。 『朔哉』。 「うー。やっぱり『雀夜』の方がかっこいい……」  白い紙に書かれた朔哉の文字を見つめていると、ふと、そこに陰ができて暗くなった。 「あ」  振り向いた俺の背後に雀夜が立っていたのだ。バスローブを着て、髪も濡れている。 「幸城、勝手に俺の個人情報流すなよ」 「雀夜っ!」  俺は思わずソファを降り、雀夜の腰に抱きついた。 「昨日ぶり! 会いに来たぞ!」 「………」  雀夜が俺の両脇に手を入れる。抱き上げてくれるのかと思いきや、そのままポイッとソファに投げられた。 「うー……」  松岡さんの隣に座った雀夜は俺のことなんて気にもせず、だるそうに煙草を振り出している。 「雀夜、遊隆はどうした?」 「腰砕けてしばらく動けないってよ。情けねえ奴だ」  それを聞き、俺は口元に手をあてて忍び笑いした。 「へー。俺は昨日、雀夜とヤッた後でもすぐに動けたけど」  松岡さんと雀夜が、同時に俺を見る。 「情けないね。あんなに体力ありそうなのに、腰砕けて動けないってどんだけ」 「桃陽は自信ありそうだな。雀夜、お前から見て桃陽はどうだった?」 「そうだな……」  紫煙を吐き、雀夜が天井を仰ぐ。 「ま、顔も体も完璧だ。エロさに関しても申し分ねえ」  俺は腕組みをしてウンウン頷いた。 「……ただ、変化球には弱いな。想定外のことが起きると、途端にパニックになる」 「そっ、そんなことないよ!」 「例えば?」  俺を無視して、松岡さんが続きを促した。 「例えば、ちょっと俺が強く言ったら泣きそうな顔でチェンジするか訊いてきたり……それに、恥ずかしいプレイだと顔が真っ赤になっちまうんだよな」 「う、……」  雀夜が意地悪な笑みを俺に向ける。俺は唇を噛みしめ、赤くなった顔で雀夜を睨んだ。 「……ま、それを差し引いても、こいつには期待していいと思うぜ」  テーブルの上にあった俺のミニショートケーキを、雀夜が手掴みで奪って口に入れた。 「なるほどな。それで桃陽は、いつから来れるんだ?」  松岡さんがそう言った瞬間、背後でスタッフの声がした。 「遊隆、お疲れ! もう大丈夫?」  振り返ると、さっき雀夜と絡み合っていた男──遊隆がパンツ一丁で部屋から出てきたところだった。相当疲れた顔をしている。 「ああ、平気だ……」  俺と目が合い、遊隆が軽く会釈する。
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