無垢な気持ちじゃいられない

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綾瀬は1人じゃ味気ねぇだろ?と、晩の病院食が運ばれて来ても病室に居座った。と、言うか、つまみ食いされまくった。そのうち親父とお袋が着替えを持ってきて、病室が賑やかになる。みんなで今年のドラフト会議がどうだったとか、綾瀬自身はまだプロを諦めて無いとか。それでも来年選ばれなければもうチャンスは無いとか、そんな話を熱く語った。ドラフト会議で社会人になった野球選手が選ばれる為には、日本野球連盟に所属したチームにいる事に加え同連盟に登録後2シーズン、高校・中学卒で登録された選手ならば3シーズンまで。それを経過した選手は指名できなくなる。綾瀬はその崖っぷちに立っていた。綾瀬はそれでもまだ1年ある。と自信満々に笑った。看護婦さんにそろそろ面会の時間は終わりですよと、声をかけられて皆が帰り仕度をした。 帰り間際、「お前もあと3年のチャンス、棒にふるなよ」と親父に言われた。 みんなが帰った病室はやけに静かに感じた。 看護婦さんが点滴を替えに来て、窓のカーテンを閉めて行ったが外が見たくてベッドから立ち上がりカーテンを半分だけ開けた。 病室からは母校と通い慣れた通学路、良く立ち寄った定食屋だとか翔馬と良くキャッチボールした河川敷が見えた。 翔馬がベッドにうつ伏せた場所に俺もうつ伏せてみる。 「あと……3年か」 「何が後3年なの?」 独り言に、問いかけられてびっくりして振り返るとすぐ後ろに翔馬が居た。 「お前……びっくりさせんなよ。いつの間に」 「今さっき。別に驚かすつもりは無かったんだけど」 「もうとっくに面会時間過ぎてんぞ?」 「んな事わかってる……だから静かにしろよ山ピーも」 「なんだそりゃ………んで?忘れもん?」 「うんん。話しが途中だったから」 その時廊下を歩く音が聞こえたので慌てて俺はベッドに潜り込むと、そのままつっ立ったてる翔馬の腕を掴んでベッドに潜り込ませた。 足音が通り過ぎるのを息を潜めて待つ。おそらく看護婦さんだろう。 ……って!!この状況!慌ててたにも程がある。ベットの中、俺の腕にはすっぽり翔馬が収まってて。 やべえ、良い匂い……って違う違う! そのうちドコドコ心臓がして来て…… っ……うるせぇ。 これは相当赤面してるだろ俺。 足音は病室前まで来た。「山口さん大丈夫?」と看護婦さんに聞かれたので俺は"大丈夫です"と答えた。ちょっと声が上ずったかもしれない。「病室電気消すね、まだ起きている様であればベッド脇のスタンドつかってね」と言い残し看護婦さんは電気を消してから病室から離れて行った。 胸元辺りに有る頭を翔馬はもぞもぞさせて俺を見上げた。 「びびったーーっ」 小声で言ったけどまだ看護婦さんが近くに居るかも知れないからシーーッと合図した。にしたってこの至近距離! ひひひと笑う翔馬は俺からすると小学の頃から余り変わらない。陽の匂いがして、天真爛漫で、負けず嫌いで……いつも、前向き。 やっぱ好きだなって思う。 この気持ちはカタチには残らないけれど…… 俺は翔馬を好きになって良かった。 こんなに人を大切に想える気持ちを教えてくれたのは翔馬。 「バレるとまずいから、しばらくこのままで……大丈夫か?」 俺は翔馬を見ず、いや、見れずに顔を上向きにして翔馬に話しかけた。 「なんかガキの頃に戻ったみたい。良く互いの家に泊まって布団ん中で話ししたよな」 ガキの頃みたいに、無垢な気持ちじゃ今、全くねぇけど……俺は"そうだな"と答えた。
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