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「………っ、あ、れ…?」
朝、目が覚めて。
部屋を見渡すと、昨晩の事は夢だったのではないかと思えた。
なぜなら、彼に向って投げたはずのモノがなにひとつ散らかっておらず、部屋がきれいなままだったからだ。
(あの美津也さんも……夢、かぁ)
朝比は実習に行っていて、あと1カ月は帰ってこない。
冷静に考えればすぐにわかる事なのに、そんなことも理解できないほど昨晩は混乱していたようだ。
それに加えて、どうやらお風呂に入らないまま眠ってしまったようで。
身体のべたつきに不快感を覚え、或斗は重い身体を起き上がらせたのだった。
「あ、起きてきた。おはよう、或斗」
階段を下りていくと、リビングから菜摘の声が聞こえて目を向ける。菜摘はすでに制服をきちっときており、もうすぐ家を出るところのようだった。
「もう行くの? 起こしてくれればよかったのに」
「いやだってさ……体調悪そうだったし……」
「え? いつ?」
昨日の夜、風呂にも入らず寝てしまったからだろうか。
そもそも、昨日の夜の記憶が曖昧だ。
首を捻りながら思い出そうとしていると、菜摘は「覚えてないの?」とこちらに問いかけてきた。
「昨日の夜、或斗すごい……うなされてたから」
菜摘が言ったそのセリフは、なんとなく言葉を選んでいるような気がした。一瞬、迷いのような間が開いたけれど、でもその時は何も気にならなくて。
「覚えてないけど、変な夢でも見てたのかも」
そう答えると、菜摘は「そっか」と言いながら靴を履き、それから心配そうな眼差しをこちらへ向けた。
まだなにか言いたそうだったけれど、でも時間がないのか腕時計を見て「ごめん、もう行くね」と言って玄関の戸に手をかけ……。
「なにかあったら、なんでも話してね!」
頼りになる兄は、優しい笑顔でそう言ってくれたのだった。
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