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ここまでが、1週間前までの話だ。
あれから毎日、毎晩、或斗はうなされているらしい。
菜摘は文句こそ言わないが、毎朝「具合は大丈夫?」と声をかけてくれているので、たぶんそうなのだろう。
だから、或斗の事を心配して、カゴメが泊まりに来た。
けど、それを素直に受け取ることが出来ずに、或斗はあのふたりから逃げてきてしまったのは、たぶん……
自分が後ろめたいことをしている自覚があるからだ。
あのふたりから、朝比へと知られてしまうのが怖い。
正直、うなされている間に『古賀』の名前を呼んでいないだろうかと心配だし、いつ菜摘に悟られるだろうかとビクビクしている。
「はあ……」
そんな事を考えていると、心に溜まったモヤモヤが溢れて口から出た。
時間は21時を過ぎたあたり。コンビニに立ち寄って、それから連れてこられた先は『いつものホテル』だった。
「どォしたよ、或斗。マジで元気ないじゃん」
ベッドの上で並んで座っていると、古賀の手が或斗の髪を撫でて。それから少しだけ眉を八の字に下げて顔を覗き込んでくる。
そんな古賀の、琥珀色の瞳がすごくきれいで。
ああ、早くこの瞳に支配されたい。グレアがほしい。と、そう思ってしまって……だめだ、だめだ、と慌ててその考えを取り消す様に頭をブンブンと横に振った。
もう、これ以上はだめだ。
菜摘にバレたら、カゴメに気づかれたら……、
朝比に知られたら、或斗は……もう、彼らとは共に居られなくなる。
目の前の快感にすがってしまった自分が悪いのだけれど、できることなら……なにもなかったことにして終わりにしたい。
或斗は「ふぅ」と小さく息を吐いて、古賀と視線を交わわせた。
「あ、あのっ、古賀先輩……」
「ん?」
「ちょっと、大事な話を……してもいいですか」
声が少し震えたけれど、或斗は勇気を振り絞って話を切り出す。
古賀は「ウン、いいよー」と軽い返事と共にニコっと笑みをこちらへ向けて……髪を撫でる手を止めた。
琥珀色の瞳からは、なにも放たれていない。
だけど、視線が合わさるだけで身体が熱くなってしまって……。
どきん、と心臓が鳴った。
ぎゅっ、と胸が苦しくなる。
ぷるぷる、と唇が震えて。
思わず、視線を下に落とした。
「もう、やめたいんです……」
「……え?」
「終わりにしたいんです、この関係を。わがままだって分かってます、でも……これ以上、美津也さんを裏切りたくないんです」
もう一度「ごめんなさい」と呟いてぎゅっと目を瞑る。
沈黙の間が、数秒。
それを破ったのは、古賀だった。
「或斗。」と名を呼ぶのと同時に、ふわっと頬を撫でられて。
優しい声にほっとして、或斗はゆっくりと顔をあげた。
だけど。
「そっかァ……ざーんねん」
ずくん、と太い針に心臓をひと突きされたような衝撃が、或斗を襲った。
驚きのあまり、思考が追い付かず……いつもよりも重い低音に、身体が震える。
古賀の瞳からは酷く冷たいグレアが放たれており…蛇に睨まれた蛙の如く、或斗はその視線に身動きを封じられてしまったのだった……。
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