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「いやだああっ! ごめんなさい! ごめんなさい、ごめんなさ、い!! 美津也さ…あぁぁああ゛!」
それは、まるで断末魔の叫びのように凄まじかった。
精神の糸がプツリと切れたかのように取り乱した少年:或斗は自身の首を両手で絞めるように、皮膚に爪を食い込ませていく。
黒い髪は乱れ、大きな黒目は見開かれて、苦しそうにただもがいていた。
そんな或斗の自室は荒れていた。
ひっくり返った瓶から溢れた錠剤、勉強道具、写真、服、アクセサリー、すべてが床に乱雑に投げつけられていて。
そんな部屋で或斗は照明もつけず、真っ暗闇の中、ベッドの上で頭をかかえたり首を絞めたりを繰り返す。
「或斗! やめなさい!」
そう或斗の名前を呼んだのは、双子の兄:菜摘だった。
或斗の叫び声を聞きつけ、慌てて隣の部屋から駆けつけた菜摘は、慌てて床にちりばめられた錠剤をふたつぶ拾った。
それを無理矢理或斗の口に押し込み、口から出さぬよう手で蓋をする。
「だいじょうぶだから、おちついて、あると…!」
首を絞める手を片手で外しながら、 或斗をなだめる様に「だいじょうぶ、」と繰り返し声をかけながら、慣れた手つきで或斗のパニックを鎮めていく。
ごくり、と嚥下したのを確認し、それから或斗が自身を傷つけないようにと、菜摘はその両手を背側でタオルでひとつに括った。
「あっ、あっ、やだ、ゆるしてっ、なっちゃ、なっちゃん、なっちゃん、たすけっ……」
なっちゃん。
……それは菜摘のことだった。
だけど菜摘は、その呼びかけに答えることなく、散らかった部屋をサクサクと片付け始める。
『なっちゃん』と或斗が菜摘を呼ぶことはない。だから、菜摘は『自分が呼ばれたのではない』と分かっていた。
ひっくり返った瓶から溢れた錠剤、投げつけられた勉強道具と写真と服、それからアクセサリー。
ひとつひとつ丁寧に、無言で片付けて…その間にも、後方のベッドからは或斗のすすり泣く声が聞こえてくる。
「ごめんなさい、みつや、さん、みつやさ、たすけて、なっちゃ……」
しばらくすると、その泣き声は、寝息となっていく。
暴れて、泣いて、薬を飲まされ、やっと眠りにつくことができる。
ここ最近のルーティーンだ。
「……おやすみ、或斗」
わかっているけど、どうしようもないこの状況に、ため息を吐きながら。
片づけを終えた菜摘は、或斗の手を縛っていたタオルを外し、布団をかけて……その寝顔をそっと撫でてあげたのだった。
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