San

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「アハハ、うける。それは或斗が決めることでしょ」  怒鳴るような菜摘の叫びは、古賀の怒りすら買えず淡白な返事と共に一笑された。「或斗はあんたなんか選ばない!」と苦し紛れに返したけれど、その声は最後まで言葉にすることが叶わず…… 「があっ!!!」  突然、腹部に衝撃が与えられて、菜摘は目を見開いた。  そこには、古賀の拳がめり込んでいて。  衝撃と共に胃が圧迫され、それからすぐに身体の中のものが上へとこみあげてきた。「うっ」と口を閉じて耐えようとしたけれど…勢いに負けて吐瀉物がそこへ吐き出されてしまう。 「げぇぇっ、がは、がはっ……」 「おーい、車の中汚すなよ。汚ねェな」  身体を必死に横に捻って、口から液を吐き出して。  腕で腹を押さえながら痙攣する身体を必死に押さえ、痛みをこらえていると……古賀の手が再び上に振りあげられていた。 (ころされるッ……)  瞬時に身の危険を感じたけれど、もう動けなくて。  これから与えられる衝撃に怯えながらギュッと目を瞑った、その時。  ーードンドンドンッ  と、車のガラスが強く叩かれ、古賀の動きがピタリと止まった。 「古賀先輩! 開けてください!」  車のガラスを叩いていたのは、或斗だった。  後部座席はガラスにスモークがかかって中が見えないようになっているのだが、おそらくフロント側から中を覗き見たのだろう。  助かった……。  そう菜摘が安堵の溜息を漏らすと同時に、「ちっ」と古賀の舌打ちが聞こえて……高く振り上げていたその拳は、  ーードコッ!  と、容赦なく振り落され、菜摘の腹に強い一撃となって襲い掛かる。 「~~~ぅああ゛ッ!!」  完全に油断していた。  助かった、と、そう思ったのに……。  「がはっ、」と息と胃液と血が口からあふれ。  くらぁ……と強い眩暈に襲われて。  そのまま、視界は闇にのまれてしまったのだった……。 * 「古賀先輩、開けてください!」  名前を呼びながらドンドンとガラスを叩いたけれど、一瞬、なんの反応もなくて。しばらくしてスモークガラスの向こう側で変な叫び声が聞こえた。 (菜摘?!)  フロント側からは人影しか見えなかったけれど、今の声は間違いなく自分の兄の声で。  不安が一気に或斗を包み込むのと同時に、ようやくスライド式の後部座席のドアが開いた。 「どーかしたァ?」  いつもの口調で、なんもなかったかのように古賀が車から降りてきて……しかし、その後ろでぐったりと倒れる菜摘の姿を、或斗はハッキリと確認した。  サァ、と血の気が引いて、心臓がドクンドクンと早く脈打つ。 「菜摘!!」  慌てて古賀を押し退けて、菜摘に駆け寄った。  だけど、既に意識を手放している細い体は、或斗の声には反応しない。 「菜摘! 菜摘ってば! しっかりして!」  手を伸ばして肩を揺さぶったけれど、ピクリとも動かない体は、まるで死んでいるようで。  怖くなって恐る恐る振り返ると、古賀はなんてことなさそうに煙草に火をつけていたのだった。 「菜摘に……なにしたんですか…?!」  そんな古賀を睨みつけながらそう問うと、古賀は白い煙をフゥゥ、と吐きながらこちらへチラリと視線を向ける。 「別にィ。ちょっと遊んでたダケだけど?」 「遊んだって……いくら古賀先輩でも、菜摘を傷つけたら許さない!」  悪びれもしない古賀の言葉に、或斗の顔に血が上っていく。  どんな酷い事をされたのだろう。  吐瀉物に混じった血をみて、事の悲惨さを悟った或斗は古賀に対して怒りを覚える。菜摘を……大切な兄を傷つけられた、という事に対する怒りだ。  喧嘩をしていても、離れている時間があっても、菜摘に抱いていた感情は家族としての愛情で。  それは、古賀に対して抱いた恋愛感情なんか容易に超えることができるくらい、大きなものだった。 「へェ? オレに逆らうんだ。馬鹿なやつ。後悔してもしらねェよ?」  だけど、そんな感情なんて本能には敵うわけがなく。  古賀から強いグレアが発せられた途端……ガクリ、と全身の力が抜けて、強制的に地面に膝をつけさせられる。 「ッあ……」  しまった、と思うのと同時に、恐怖が身体を縛り付けていく。  古賀の強いグレアによって、或斗はあっという間に意識を支配されてしまったのだった……。
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