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車の陰に崩れ落ちていた或斗は、ひどいバッドトリップ状態だった。
パニック症状を通り越し、心を失い、生気をすべて吸い取られてしまったような……まるで糸を断ち切られた操り人形のようであった。
「酷い、っすね……」
虚ろな表情の或斗を優しく撫でながら、再び『酷い』と感じて。
可哀想で、悔しくて、辛くて。
もう、それ以外に言葉が出てこなかった。
早く二人を病院に連れて行かなくては。
苦しい気持ちと古賀への怒りを今だけ抑え込んで、カゴメは急いで電話をかけたのだった。
*
「そういうわけで、或斗くんとなっちゃんは入院中っす。」
カゴメの一通りの話を聞いて、遠くを見つめていた薄茶色のキツネ目が無言で伏せた。
ここまでの話が、ちょうど3日前までの話だそう。
実習が終わり、地元の駅に着いたかと思えば……カゴメに出迎えられて。
珍しく運転手付きの白い高級車が用意されており、その後部座席のカゴメの隣に乗せられた。
「大事な話があるっす」と切り出したカゴメの、重くて暗い話を聞きながら、重量感のある車は病院へと向かっていた。
「或斗と連絡とれないけ、なにかあったんかと思っとったけど……」
「……すみませんでした」
「は? なんでお前が謝ると?」
突然、カゴメが謝罪の言葉を口にして、朝比は困惑しながらカゴメへ視線を向ける。
拳を膝の上でぎゅっと握り震わせて、視線を落としたまま唇を噛んでいた。
「朝比さんが居ない間に、こんなことになるなんて……なにもできなかったんす、俺……本当に、すみません。」
ぎゅっと握った拳は、ふるふると震えている。
双子を守れなかった悔しさと、古賀に対する怒りが、カゴメを責め立て追い詰めていたようだ。
古賀が朝比を敵対視していることは分かっていたのだから、こんなことになる前に古賀に対してもっと警戒しておくべきだった、と。
「誰もお前を責めとらんばい。ふたりの病院まで手配して、あの人にも頭を下げたんやろ?」
朝比がそう言うと、カゴメは「え、ええ、まあ」と複雑な表情をした。
「父は、緊急事態だから、と言ってすぐに動いてくれたっす。本当は、父の権力にものを言わせるような事はしたくないんすけど……」
朝比の言った『あの人』とは、カゴメの父:東苑寺イオリ……学校法人東苑寺学園の理事長だ。
幼稚園から小・中学校、高校、専門学校と学びの場において広く知られている有名な学園で。
そんな偉大な父と不良な関係であったカゴメは、今回の件で久々に(電話越しではあるが)頭を下げたそうだ。
『どうしても、助けてほしい子たちがいるんです。お願いします、貴方の力をかしてください……』
事情を話すと、イオリはすぐに病院へ連絡し、双子にそれぞれの個室を用意した後、処置をするよう手配をしてくれたらしい。
「…頭下げるのは苦手っすけど、でも、ふたりがそれで助かるなら……俺は、なんでもします」
へらっと無理に笑って見せたその笑顔は、とても苦しそうだった。色々と背負わせてしまったな、と朝比は心の中で呟いて、大きな手をカゴメの顔にぽんっと乗せた。
「ふたりを助けてくれて感謝してるけ。ありがとぉ、カゴメ」
突然与えられた優しい言葉に、カゴメの顔がくしゃりと歪む。カゴメは慌ててその顔を隠すように手で覆い、唇を震わしながら熱い息を吐く。
そして蚊の鳴くような声で「ずるいっす……」とつぶやき、目頭をぐっと押さえたのだった。
*
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