Yon

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Yon

『たす、けて……かーくん……』  電話越しの消えそうな、死にそうな声を聞いて、カゴメは慌てて店を他の従業員に任せて走り出した。  今日はお店に顔を出すのが遅いな、なんてのんきに待っていた自分を殴りたい衝動にかられる。  目的地まで全速力で5分ほど走って、路地裏へと続く道の、曲がり角をまがったその先で。 「あっれー、東苑寺(とうえんじ)先輩じゃないですかァ、お久しぶりですねェ」  目の前から歩いてきた青年に、そう声をかけられた。  琥珀色の瞳をうっすらと細めて、口の端を吊り上げている。  まるで、カゴメが来るのを待っていたようなタイミングだった。 「古賀……」 「もしかしてェ、双子の子猫ちゃん探し?」  クスクスと嘲笑を浮かべ、こちらを煽る古賀の安い挑発には乗らず……カゴメは無言で古賀を睨む。  菜摘が泣きながらかけてきた電話で、古賀に襲われたのだと確信したカゴメは、今すぐに古賀に仕返しをしたい気持ちでいっぱいだった。  だけど、優先すべきは双子の安否確認だ。 「君が或斗くんにしたことは、すべて知ってるっす」 「へぇ、それで?」 「だけど、今は君に構ってる暇はない」 「ふーん、そう、ざァんねん。オレは東苑寺先輩と話したかったなァ」  へらへらした顔をキッと睨みつけて、それから横を早足で通り過ぎる。  ……今すぐ古賀をぶん殴りたい。  だけど、今はダメだ。  そう心の中で自制しながら、拳を身体の横でぎゅっと握る。 「君の事…絶対許さないから」  すれ違いざま、カゴメがそう言って。  それを聞いた古賀は、「ハッ」と鼻で笑った。 「んなもんお互い様っしょ。オレだって朝比先輩のことは一生許さねェよ」 * 「なっちゃん!!」  路地裏の薄暗いパーキングには、黒いバンが1台だけとまっていた。  鍵のかかっていない、ただのスクラップと化した車の後部座席のドアを勢いよく開けると、そこにはぐったりと倒れている菜摘の姿があって。  血の混じった吐瀉物が服を汚していて、カゴメは息を飲んだ。  酷い。  たったそれだけ、だけどもこれが古賀に対しての怒りを増幅させていく。  菜摘はカゴメの呼びかけに反応し、指を動かした。 「なっちゃん?! すぐ病院に……」 「……っ、る…と、」  微かに動いた唇に、カゴメは「え?」と聞き返す。  虚ろな黒い瞳が、カゴメのオレンジ色を写しながら潤んで。 「あるとを、たす、けて……!」  小さな声で、そう訴えながら……死角となっていたこの車の向こう側を、震える人差し指で差したのだった。
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