29歳になりました

2/8
3710人が本棚に入れています
本棚に追加
/122ページ
マスターの背中を目で追ってたら、菜津子に「ケーキ食べないの?」って聞かれて、慌てて視線を正面に戻す。 「た、食べるよ。食べる。――菜津子も食べる?」 妙に熱っぽい視線を感じて、私は聞いてみる。 「うん!」 あはは、菜津子らしい。フォークでケーキを半分にして、菜津子の方に半分あげる。 お酒じゃなくて、コーヒーで小さく乾杯して、食べ始める。生クリームは甘すぎず、ふわふわで滑らかで、スポンジ生地といっしょに口の中で溶けていく。 「うん、おいしい。マスターが作ったのかな」 「そうじゃない?」 (ケーキも作れるのか、マスター凄いな…) お菓子つくり全くダメな私としては、若干の劣等感を抱きつつ、しっかりケーキを完食した。 「菜津子、ありがとね」 「いえいえ、私はマスターに頼んだだけだから」 「でも誕生日覚えてて、お祝いしてくれるのが嬉しいよ。去年は…」 言いかけて、言葉が止まった。 そうだ、去年の今日。私は透にプロポーズされたんだった。 お誕生日だから…と、ちょっとおしゃれなワンピース着て、二十歳のお誕生日に買ってもらったダイヤのネックレスつけて、透とお高めのレストランで食事した。 席はスカイツリーの見える特等席。ワインを傾けながら、食べる料理はどれも美味しくて、贅沢で、何度も透に「ありがと、最高の誕生日だよ」って言った。 透はあんまり反応良くなかったけど、それはどうも人生の一大イベントを控えて、緊張していたらしい。 コース料理を終えると、ウェイターさんが透にデザートのケーキと白い箱を持ってきてくれた。 「うわ、まだ食べられるかな」 「ケーキより先に…」 透が小さい箱から取り出したのは、ダイヤがきらっと光る指輪だった。 「え、え」 バースデーディナーは知ってたけど、これは流石に想定外で、透の顔をまじまじと見た。 「早かった…? でも3年付き合ったし、俺にはもう咲良しかいないから」 嬉しくて涙ぐんだ私に、透は優しく指輪嵌めてくれたのに…。その日から3か月もしない内に、総務の女の子と孕ませたから、別れてくれ、ってとんでもないこと言ってくるんだよね。けっ。やなこと思い出しちゃった。
/122ページ

最初のコメントを投稿しよう!