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マスターの背中を目で追ってたら、菜津子に「ケーキ食べないの?」って聞かれて、慌てて視線を正面に戻す。
「た、食べるよ。食べる。――菜津子も食べる?」
妙に熱っぽい視線を感じて、私は聞いてみる。
「うん!」
あはは、菜津子らしい。フォークでケーキを半分にして、菜津子の方に半分あげる。
お酒じゃなくて、コーヒーで小さく乾杯して、食べ始める。生クリームは甘すぎず、ふわふわで滑らかで、スポンジ生地といっしょに口の中で溶けていく。
「うん、おいしい。マスターが作ったのかな」
「そうじゃない?」
(ケーキも作れるのか、マスター凄いな…)
お菓子つくり全くダメな私としては、若干の劣等感を抱きつつ、しっかりケーキを完食した。
「菜津子、ありがとね」
「いえいえ、私はマスターに頼んだだけだから」
「でも誕生日覚えてて、お祝いしてくれるのが嬉しいよ。去年は…」
言いかけて、言葉が止まった。
そうだ、去年の今日。私は透にプロポーズされたんだった。
お誕生日だから…と、ちょっとおしゃれなワンピース着て、二十歳のお誕生日に買ってもらったダイヤのネックレスつけて、透とお高めのレストランで食事した。
席はスカイツリーの見える特等席。ワインを傾けながら、食べる料理はどれも美味しくて、贅沢で、何度も透に「ありがと、最高の誕生日だよ」って言った。
透はあんまり反応良くなかったけど、それはどうも人生の一大イベントを控えて、緊張していたらしい。
コース料理を終えると、ウェイターさんが透にデザートのケーキと白い箱を持ってきてくれた。
「うわ、まだ食べられるかな」
「ケーキより先に…」
透が小さい箱から取り出したのは、ダイヤがきらっと光る指輪だった。
「え、え」
バースデーディナーは知ってたけど、これは流石に想定外で、透の顔をまじまじと見た。
「早かった…? でも3年付き合ったし、俺にはもう咲良しかいないから」
嬉しくて涙ぐんだ私に、透は優しく指輪嵌めてくれたのに…。その日から3か月もしない内に、総務の女の子と孕ませたから、別れてくれ、ってとんでもないこと言ってくるんだよね。けっ。やなこと思い出しちゃった。
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