3718人が本棚に入れています
本棚に追加
/122ページ
父は最近脳こうそくで倒れた。幸い、命に別条はなかったし、麻痺も残らない、と言う医者の見解を、僕は電話で母から聞いた。
入院中も見舞いに行ったのは、一度だけ。
「僕が会いに行った時は意識もはっきりしていたし、車いすではあったけど、散歩も出来るくらいには回復していました」
「そうなのね。私、これから病院に顔出そうと思ってるのよ」
「そうなんですか」
光さんの意外な申し出だった。
「姉さんにも会いたいからね」
「よろしくお伝えください」
「そうね。親不孝な一人息子からの大切な伝言だもんね、預かるわ」
「いちいち嫌味ですね」
言いながら僕は、ドリップで淹れたコーヒーを、ポットに注ぎ込んだ。
「これ、出来たら、持って行って、父に渡してくれませんか?」
「わかった」
そうして店を出て行った彼女は、何故か1時間もしない内に戻ってきた。
「智ちゃん、聞いてよ」
ポットをわざわざ返しに来てくれたのかと思ったら、そうではなかったらしい。
「どうしたんですか」
「伯父様の病室にあの女がいたの」
「あの女って」
「あいつよ、華絵」
彼女が苦々し気に吐き出したのは、僕の元妻の名前だった。
彼女の姿形を思い浮かべた瞬間、手にしてたカップが滑り落ちた。
最初のコメントを投稿しよう!