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パリン。渇いた音が店中に響いて、居合わせた客が全員カウンターを振り返る。
「あ、申し訳ありません」
謝ってから、しゃがみこんで、かけらを拾い集める。
「店長、こっちのが早いですよ」と星野さんがほうきとちりとりを持って来てくれた。さすが、仕事が早い。
割れたカップを片付けてから、一旦、光さんと裏手に出た。
華絵の話は、店内ではしたくない。
「華絵とは何か話したんですか?」
「私があの女に話しかけるわけないでしょ」
「……」
そうだった。元妻と叔母は犬猿の仲だった。普通、それでも親戚となったなら、互いに表目だけでもうまくやろうとするもんだけど、この二人に関しては、正月の集まりでも、法事の場でも、目すら殆ど合わさない。大人げないバトルを繰り広げていたっけ。
「あ、でも向うから一言だけ話しかけてきたのよ。智之さんはお変わりないですか?って」
「…なんておっしゃったんですか?」
「見た目は全然変わってないわよ。新しい年下の彼女も出来たから、ますます若返っちゃうかもね、って言ったら、あの女、顔色変えてたわ、いい気味」
「咲良さんのこと、言ったんですか? 余計なことを…」
「あら、まずかった? 名前なんて出してないし、気にしすぎだと思うけど」
「…そう、でしょうか…」
光さんの話は気になることだらけだ。
父の病室に、わざわざ華絵が見舞いに来ていたというのも気になるし、それに…。華絵が財力に物を言わせて、調べれば、あっという間に、咲良さんのことなど突き止めてしまう。
まあ、彼女にそれをやるだけの理由やメリットがなければ、そんなことはしないだろうけれど。
僕には、何の連絡もよこさない癖に、僕の両親と接点を持とうとしている華絵が、不気味に思えた。
「まあ咲良ちゃん、守るのは智ちゃんの役目だし」
「言われなくても守りますよ」
「あ、良かった。また《僕には幸せになる資格がない》だとかなんとか、くっだんないこと言い出さないで」
「……」
それはひところの僕の口癖で。今も、根本的な考えはあんまり変わってないのかもしれない。
「光さん、ポットは…」
「忘れた。というかあなたが取りに行きなさい、姉さん、心配してたわよ」
「…はいはい」
頷きながらも、また華絵と鉢合わせたら嫌だと思っている自分がいる。
彼女の名前が出たことで、いろいろ思い出したくないことを思い出していた。
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