臆病者の恋

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華絵とは典型的な政略結婚だった。 うちは元々は、江戸の下町の料亭で、店は天保だかなんだったかその頃創業。父はその8代目。江戸明治大正昭和平成…と、暖簾分けで、次第に店を大きくし、現在は料亭のみならず、レストランから居酒屋まで手掛けるフードビジネスを展開してる。 元々の店があった場所には、自社ビルが建って、一階は本店とレトルトや出汁などを手軽に使えるように製品化したものを扱う土産店。二階はうちが手掛けるフランチャイズの居酒屋で、三階以上はオフィスになってる。 華絵はそんなうちの会社のメインバンクの頭取の娘。親同士も仲が良く、華絵のことは昔からよく知ってた。 高校生の頃だっただろうか。華絵が急にこんなことを言ってきた。 「智之さん、お付き合いしてる方いるの?」 「…いません、今は」 「そう。いずれ、私はあなたのお嫁さんになるって、聞いてる?」 「……」 「いやなの?」 華絵は良家のお嬢様らしく、綺麗で聡明で我儘で…。男性はみんな自分が好きで、自分の願いは全部、叶えられると信じてるようなところがあった。 「…僕なんかでいいんですか?」 「いいわよ、智之さん、優しいし」 そう言って彼女は僕にキスをした。多分、それが初めてのキスだった。 愛し愛され必要としている――そんな実感のないまま、華絵と結婚したのは、僕が26、華絵が25の時だった。 同じ学年だけど、誕生日は僕が早い――だから、僕との年齢に開きが出た時にしたい。華絵の意味のわからない拘りで、結婚式は7月という夏の盛りだった。
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