臆病者の恋

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ちょうどカフェブームで、あちこちにチェーンのコーヒーが出来てきていて、うちの会社でも、そういった事業を新規で始められないか、父に打診してみた。 最初は反対された。現実逃避とまで言われた。そうなのかもしれない。仕事にも家庭にも拠り所がなくて、居場所を探していたような時期だったから。 シアトル式のそこら中に蔓延しているコーヒーの2倍の値段だけど、凄く美味しくて、通ってる常連同士で顔を覚えてしまうくらい、リピーターの多い店。そんな店をやりたいと思った。 「会社を辞めて、カフェがやりたいなんて、正気か? 智之」 「本気です」 「お前、自分の立場、わかっているのか? うちの跡取りはお前しかいないんだぞ 」 父は僕の言葉の覚悟を確かめるように、じっとしばらく僕の顔を見ていたが、やがて言った。 「まあいずれカフェも出そうと思っていた。外部で勉強して戻って来ると言うなら、今は好きにしてもいい。ただし、5年だ。5年したら、戻ってこい」 つまり新たな事業展開のための布石。面白くはなかったが、一から自分の腕でやる術はなく、結局父の提案を呑むしかなかった。 まあ父の会社の力を借りたからこそ、都内の駅から近くの一等地に、店を構えられ、質の高いコーヒーを、相場よりかなり安く提供出来そうだ。 だけど、僕のそんな生き方は、華絵には受け入れられないものだった。
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