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29歳になりました
「咲良、お誕生日おめでとう!」
満面の笑みで菜津子が言って、マスターがケーキを持って来てくれる。
白い生クリームに覆われた上に、イチゴが載ったオーソドックスなショートケーキ。小さいけれど、ホールで。
「御園さん、お誕生日おめでとうございます」
思わぬサプライズに、私は驚いて、菜津子とマスターの顔を交互に見た。
「え、何、何なんですか、これ」
確かに今日は私の誕生日で、菜津子とはこのカフェで待ち合わせしたけれど。
「なんで、マスターが私の誕生日…」
「私が教える前から、知ってたよ、マスター」
菜津子が言うと、マスターは照れくさそうに頬を指で引っ掻く。
「光さんから教えてもらったんです。来月、御園さんの誕生日があるから、何かしてあげなさい、と」
命令口調なの、光さんらしい。頼もしいい笑顔を思い浮かべて、私はつい顔が緩む。光さんは、私がお世話になった弁護士さんで、マスターにとっては叔母に当たる人。
「…それで渋々」
「え、わ、いや、けして渋々なんかじゃないですよ! ただ…すみません。何分、不調法者で、咲良さんへのプレゼントの最適解が浮かばず」
「そこに降って沸いた私のサプライズに乗っかったんだよね!」
マスターのしどろもどろの答えを受けて、菜津子が続けた。なるほど、そういうことか。つーか、いつの間に菜津子まで、このカフェの常連になってるし。
「…ろうそく、お持ちしましょうか?」
「え」
「29本、お願いします」
数字を強調して、菜津子が言う。
「…要らないよ、つーか乗っからないから。マスター大丈夫です」
「わかりました。ではゆっくりお過ごしくださいね」
にっこり笑って、マスターは私たちの席を離れた。
相変わらず、口調は丁寧だけれど、最初の頃より笑顔が親しみやすくなった…ような気がするのは、己惚れなのかなあ。
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